525話 1つだけ、くれてやろう 02
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”あのさぁ・・・僕もこの世に生まれて、随分経つけども”
掛け物の上に身を投げ出し。
《猫の祖王》は、疲れ果てた表情で呟く。
”まさか、あんなトンチキな事を見る羽目になるとは思わなかったよ。
てゆーか、これまで君が言ってた事って、冗談だとばかり!”
「いやいや、キング。
『冗談から始まる異世界ライフ』というのも、アリなんだよ?」
”そういうラノベの題名みたいなのは、やめてったら!”
ぱしっ、と腕を叩いてきた猫に対して、大魔王は余裕の笑み。
もう片方の手で猫の額から後頭部を、ぐしぐし、と撫で付ける。
「少し前から、準備しておいたのさ。
私自身が異世界へと旅立つ、その道筋を作っておく為にね」
”・・・・・・”
「ほら、君も知っているだろう?
私には結構、趣味を通じての『友達』がいるからね。
彼等に手伝ってもらって何とか仕上げたのが、さっきのやつ。
新魔法、『世界渡りの揺り籠』さ」
”さっきのアレって、ホントに『異世界』にブッ飛ばしたの?”
「勿論!
《能力補正》無し、チート的な《とんでもスキル》無し。
努力と運だけが頼りの、物凄く地味な転生ではあるが。
ただ、餞別代わりに一応は、持って行けるアイテムを選ばせてやろうかと」
”それが、『あれ』?”
「うむ」
猫が見つめる『回転盤』。
得意そうに頷く魔王。
”・・・殆ど、ハズレみたいだけど?”
「そりゃあ、そうさ。温情のつもりはないからな」
『回転盤』の総面積の内、8割を占めるのが。
ハズレである、《たわし》。
”じゃあ、アタリは何?”
「《車》だな」
”へぇー!それ、転生する世界によっては、すごく使えるんじゃない?”
「いや。動力部を丸ごと、抜き取ってあるからな。動きはしないぞ」
”詐欺じゃん”
「そうか?車輪が付いている以上、《車》には違いない。
雨露を凌ぐテントくらいにはなるだろう。
結局、一度も出なかったが」
にやり、と笑ってワインを口にし、グラスをサイドテーブルに置く魔王。
「───何にせよ、これで連中は片付いた。
魔法は一切使えないように設定して飛ばしたから、相当に苦労するだろう。
おまけに、二度とこちらへ戻ってはこれない。
『石橋を128本作り、渡らせる』。
全ては、私が《異世界転生》する時の為の、データ取りさ!」
”それって、どうやって監視するの?”
「これだよ───『アンバイエル』!
改良して、《この世のものでないもの》を映しても割れなくした!
面白い生き様をする奴がいたら、アニメ化でもしてみるか!」
”君は・・・遊びとなると、すごく手回しが良いよね・・・”
「復帰した以上、仕事だってやってるから心配要らないぞ、キング。
メイエルの事も、やっと納得出来たしな」
”え??そうなの??”
「ああ。彼女に、お礼を言われたんだ。
アルヴァレストの件で、『陛下、ありがとねっ!』、と。
いやはや───何と言うか。
その笑顔の眩しさに、心が満たされたんだよ。
私はもう、十分なんだ。
後はただ、彼女の幸せを祈るだけさ」
”・・・そっかぁ。とんでもない旦那様もいるしね。
僕もメイちゃんトコの同族から、話は聞いてたけども。
まさか、あそこまで強いなんて。メチャクチャだよ”
「あの男、剣を持とうが手刀だろうが関係無い、そういう領域に達しているな。
『斬る』という事を、概念の最初から独力で積み上げた結果だ。
私が『魔導原型核』を作製したのと、ほぼ同様。
もしも、あの体に一滴でも悪魔の血が混じって生まれてきていたら。
万全の状態の私すら、倒せるやもしれない。
まあ、人間だからこそ目指した高みなのだろうが」
”ふうん・・・あ、そういえば、『万全』で思い出したけど。
君、体のほうは平気なの?
一時期、真っ白になってヤバかったじゃん”
「もう大丈夫だ。
それどころか、《蜂》が襲来する前よりも大きく回復したよ」
”えっ??どうして??”
「華麗なる逆転劇さ。
向こうはこちらより、『もっと凄い事』になっているようだぞ?」
支配者に相応しき優雅な仕草で、グラスの中身が飲み干された。
サイドテーブルに佇むボトルの中身は、半分を切っている。
せっかくの、炎狼からのプレゼント。
本当はじっくり楽しみたいのだが、その気持ちに反してペースはかなり早い。
様々な問題が解決してゆく喜びに、高揚を抑えられない彼だった。
「ははは───キング!
《神》はもう、死にかけだよ!
うっかり止めを刺さぬよう、上手く加減しなくては!
次の『大戦』が、終わらなくなってしまうからな!」
それを聞いて、《猫の祖王》は目を真ん丸にして。
思った。
やっぱり、こうなる前に天界から同族を引き上げさせて正解だった。
《へっぽこ魔王》、まさかの絶好調!
ただ、それはいいが、元々の性格は状況に合わせて急に変わったりはしない。
調子に乗りすぎたこいつが《へっぽこ》をやらかす前に、自分が止めないと。
その手段は、一つだけ。
《たわし》より痛い、渾身の《猫パンチ》のみに違いない───




