518話 黒竜紳士、逃げる 01
【黒竜紳士、逃げる】
「お前、可愛いねー!
よーし、よしよし!よーーし!」
積み上がった瓦礫の、天辺に登り。
『猫撫で声』の姉貴が、猫を撫でている。
そりゃもう、撫でくり回している。
猫と言っても勿論、ただの猫ではない。
『星猫さん』だ。
像より大きい、広大な宇宙を星から星へと旅する旅行猫なのだ。
”ぐぉろ、ぐぉろ”と喉を鳴らして甘える音が、ここまで響いてくるが。
たまたま地球に訪れていて、加勢してくれたらしいな。
吸い込まれそうに真っ黒な体の奥、星座が輝いているのが彼等の特徴。
あと、猫であるが故に、魚が大好物。
昔、海のど真ん中でマグロを抱えてるのに出くわして、驚いたっけ。
───さあて、と。
───そろそろ帰って、寝るかね。
ミュンヘンに戻ろう。
留守番組がどうしているか、心配だしな。
戦闘参加者と、地下避難所から出て来た市民。
結構な数がひしめいてるもんで、マギル達が何処にいるのか分からないが。
こういう時には、スマートフォンより手軽なアレだ。
重量ゼロのトランシーバーこと、『直接私信』を送ろうとした時。
後ろから誰かが近付いてくる気配を感じて、振り向いた。
「ヴァレスト」
ああ、レンダリア様か。
もしかしなくても、俺のロックでパンクなスピーチを聴いてたよな?
ちょっと気恥ずかしいぞ。
「その───さっきは助かったよ、有難う」
「いいえ、いいのよ。
それより、少しいいかしら」
「ん?」
「いつもの姿になれる?」
いつもの?
人間形態の事か?
どのみち、ドラゴンの姿では人間界に戻れないよな。
完全に失念していたが、マギルなら指摘してくれただろう、きっと。
「ああ、待ってくれ。これで──────よし、と。
それで、どうしたんだ?」
ネクタイの結び目を微調整しながら尋ねれば。
すい、と武術の達人みたいに踏み込んでくる、白いドレスの残像。
そして。
暗転。
即座に明転。
「???」
景色が一変している。
「───何処だ、ここ?」
「月の裏側」
「は??」
「私の城の、私の部屋よ」
「え?何で?」
「ヴァレスト」
気付いたらもう、抱き締められていた。
「えっ?・・・ええっ??」
「ヴァレスト」
戸惑っている内にレンダリア様が再度、俺の名を呼び。
───唇が近付いた。
こっ、これは!
『凄いやつ』だ。
『凄いやつ』のほうで、間違い無い。
俺は百戦錬磨と言っても過言ではないかもしれないくらいの、紳士。
この唇、このキスが、単なる親愛の情を示すものではない、と即座に分かる。
アレだよ。
スキンシップ的なやつじゃなくて、『あっちのほう』へ向かう、アレだよ。
嬉しいが。
嬉しくはあるんだが、その!!
「ちょっ!待ってくれ!
何でそんな、急に!?」
「『戦いの後は気が昂ぶり、異性の肌を求める』と言うでしょう?」
「いや、そんな事はないぞ!俺は平気だ!
全然大丈夫だから!」
「貴方ではなくて、私の話よ?」
「・・・え?」
「普段から仕事でストレスが溜まっているのよ、私」
「仕事?」
「笑いたくないのに、笑い。
怒りたくなくても、怒ってみせ。
オムライスにケチャップでハートマークを書く。
『そういう仕事』よ」
何だそれ。
世の中には、そんな仕事が?
どれくらい稼げるんだろうか?
「とっ、とにかく!こういうのは駄目だ。
離してくれ」
「嫌」
そりゃ力の差は、分かりきってるが。
それにしたって、本当にビクともしないな!
S級クワガタの肋骨折りが、今となっては『お遊び』に思える程だ。
ふわっと柔らかい感触なのに、万力のような締め付けだ。
おまけに。
すぐ側には、天蓋付きのベッドが待ち構えてるぞ!
マーカス!
俺は今、危機的状況だ!
マーカス!!




