50話 The Hero in summer 02
───どうして、こんな事になったのか。
───何の因果で、こうなってしまったのか。
1週間前、炎の悪魔は言った。
《・・・やだ。あたし、行かない》
《絶対、やだ!》
《何?ホント、何これ!?
どっからどー見ても、ただの下着じゃん!?
あたしは、絶対に行かないッ!!》
PC画面に検索で出した『水着』。
それを見るなり、悪魔は怒った。
ぶんむくれて、立て続けにウイスキーを呷った。
・・・そう。
断った。
夏季の慰安旅行に対して、不参加を表明。
間違い無く、そう意思表示したはずなのだ。
───しかし、彼女は今、『ここ』にいる。
───颯爽と、溢れんばかりの笑顔で、『ここ』にいる。
ビーチバレーの『ビ』の字が出た瞬間。
戦場を統べる黒騎士は「さてさて、一番槍よ!」と、マリンジェット並みの速度で沖に向かって泳ぎ始め。
恐れを知らぬ3頭魔獣は、エアータンクを背負って桟橋からダイブし。
残りの連中は、砂に潜ったか、緊急帰還でアジトへ逃げ帰ったか。
ちなみに。
ギタリストは、失神中だ。
それをパラソルの下へ移動させたのが・・・。
“海か。しばらく見ていないな”、という一言で、炎の悪魔をこの地に降臨せしめた、彼女の伴侶。
なお、現在は読書中である。
一切の付け入る隙もなく、読書中である。
(───そりゃないぜ、正臣さんよぉ・・・)
視界の端に映る姿に、溜息をつくヴァレスト。
その隣では秘書がようやく、砂浜にめり込んだビーチボールを回収したところだ。
「なあ、姉貴───手加減してるよな?」
「うん!してるよ!」
とびっきりの、眩しい笑顔で届く返事。
「だって、遊びだもんね!
ぎりっぎり、あんたが受けられるくらいにしてるよ!」
「いや、そんなギリギリを攻めるなよっ!
つーか、俺じゃなくてマギルにでも当たったら、どうすんだよ!?」
「???」
「・・・?」
「あたし、あんたしか狙ってないよ?」
「・・・え?」
「???」
我が姉のことだ。
とても、よく分かる。
不思議そうに首を傾げる姿に、一欠けらの悪意も無い。
───故に、危険だ。
───これは非常に、ヤバい。
「・・・ボス、安心してください」
遠巻きに見つめるギャラリー達に聞こえぬよう、小声で秘書が告げる。
「ビーチボールは、6重積層の強化済み。
地殻にヒビが入る衝撃であろうとも、割れる心配はありません」
「割れてくれたほうが嬉しいよ、俺は。
というか、俺に強化をかけろよ」
「無意味ですね。
強化した分、メイエル様の『手加減』が無くなるだけかと」
「──────」
「ここはあえて、スパイクを避けるのではなく、当たりにいってください」
「はあ?」
「出来れば、下手にレシーブしようとせず。
無防備に受けてくだされば、その後の軌道計算がし易いので」
「・・・俺の命は?」
「厳しい状況ですが、力を合わせて勝利を目指しましょう、ボス」
「おい!俺の命は!?」
「いっきますよーーーー!」
朗らかな天使の声が響き。
山なりの、のんびりしたサーブが飛来する。
ヴァレストが受ける。
秘書がトス。
「ふんっ!!」
鼻息荒くスパイクしたが。
それは炎の悪魔に拾われて。
ランツェイラがトス。
「それえっ!!」
「ごばッッ!?」
反射的に出した右手ごと吹き飛ばされ。
きりもみ回転した挙句に、頭から落下した──────
「・・・ねぇ。これ以上見てても仕方ないよ」
「──────」
「周りに集まってる連中も、ナンパ目的だったんだろうけどさ。
もう、諦めてるみたいだし」
「──────」
「・・・ほら、ビーチは広いんだから。
他にも美人はいると思うよ?」
慰めのつもりで、友人(?)の肩を叩いた時。
彼は、気付いてしまった。
・・・俯いた友人(?)の頬に、一筋の涙が光っていることに。
「───そうだな───もう、ナンパはいいよ」
「・・・」
「俺、サーブ打ってる天使ちゃんとか、すごく好みなんだけどさ。
胸とか関係無しに。
そりゃもう、好みなんだけどさ!
胸とか関係無しに!!」
「ちょ・・・叫ばないでよ・・・」
「もういいんだ!!そんな事は問題じゃない!
分かるだろ!?」
「な・・・何が・・・」
「お前も男なら、分かるだろっ!?
俺達は、まだやれる事があるっ!!
このまま背を向ける訳には、いかないだろっ!?」
「ま・・待って!落ち着こうよ・・・」
「俺達はっ!!
力の限り、応援するべきだろっ!?
不屈の『勇者』を───」
その指が。
真っ直ぐに指した、その先には。
「さあっ!!声援を送ろうぜっ!!!
あのイタリア人にっ!!!!」
「・・・えっ・・・?」
瞬間。
隣に立っていたトライバルタトゥーの男が、身を震わせた。
まるで、雷に打たれたかのように。
そして、泣き出した。
泣きながら拳を握り、天を見上げた。
ニヤニヤと笑いながら、女性達をスマホで撮影していた男。
その手から落ちたものに気付かないまま、彼はガクガクと痙攣した。
叫びを、熱情を、喉から搾り出そうと。
・・・それは、隣へ立つ者へ。
・・・更に、その隣へと広がり続け。
───パシフィック・ビーチに、摩訶不思議な電流が走った───




