513話 It's time to pay 03
《蜂》を蹴散らし、地下避難所の入り口を探す。
ヤバい。
情けない事に、場所が分からない。
案内の標識なんて、とっくにブチ壊されてるぞ。
俺の頭の中には、ふわっとした地図しか入ってない。
普段通りの視覚情報無しで憶えてもいない所を見つけるとか、無理だよ。
───おまけに、かなり《蜂》が手強い。
B級、A級はまあ、ウジャウジャ湧いてるものの、どうとでもなるが。
Sともなると、デカいし危険だ。
大きさが、ドラゴン形態の俺と同じくらいはある。
流石に手間取るし、無傷で倒すことは出来ない。
二匹同時に相手したら、負けるか重傷を負うだろうな。
それでも。
限界点を解除すれば・・・ってのは、アウトだ。
俺の他にも何名か、抗戦してる奴等が居る。
色々あって仲の悪い奴の姿も、見かけちまった。
幾ら紳士といえど男というものには、ある程度の『敵』が存在するのだ。
降格して弱くなってるフリを通さねぇと、後で絶対告げ口を喰らうぞ。
───ええと、地下避難所、地下避難所!
『地下』って付いてるくらいだから、地面の下にあるんだよな?
それ、瓦礫で埋まってたら入り口なんて、分からないんじゃねぇか?
・・・くそっ!
冷や汗で、首の後ろの鱗が湿るぜ!
陛下に『Yes』と答えた以上、”見つかりませんでした”、は通らない。
しかも、それを俺に指示したって事は、明らかに『脅威がある』からだ。
脅威。
脅威が。
・・・・・・脅威は、《蜂》。
そうか!!
《蜂》が目印かッ!!
右前方。
妙に《蜂》が固まっている。
触腕で地面を掘り起こすような動作。
あそこだッ!!
やらせねぇぞッ!!
俺に背を向けているB級の集団を、纏めて始末しようとした時。
その中心で倒れている悪魔の姿が、目にとまった。
(───セツラ!?)
咄嗟に、吐き出す直前の竜息を緊急停止。
ぐおッ!
喉、熱ッ!!
慌ててセツラを引っ掴み、こちらへ手繰り寄せ。
それから、怒涛の猛炎をお見舞いだ!
「───げぇッほ!!ごふッ、ごほッ!!」
おかしなタイミングになったせいで、ちょっと変なところに入っちまった。
自分の竜息でむせるとか、相当にカッコ悪い。
「セツラ!!大丈夫か、セツラ!?」
焼き払った《蜂》が、焦げた匂いと共に霧散するのを確認し。
掴んでいた『氷泉の蜥蜴』を、ゆっくりと地面へ降ろす。
『真体』を見るのは初めてだが、紳士な俺にはそれが誰なのか分かる。
付き合いも非常に長い。
評議会本部の最上階、《受付》のセツラ嬢だ。
「・・・その声・・・ヴァレストさん・・・」
背に大きな亀裂が走った状態で、呻きを上げるセツラ。
「『体内活性』
『治癒力増加』」
お世辞にも魔法は得意じゃないんだが、躊躇してる場合じゃあない。
2倍掛けだ。
いやもう、3倍掛けで!
傍流ではあるものの、蜥蜴ならばドラゴンの系統。
俺の稚拙な魔法でも、他の悪魔に掛けるよりは効果が高い筈だ。
「今の内に、地下避難所へ入るんだ!
早く!」
「それは・・・出来ません」
「ああ??内側からの施錠か?
閉め出されてるのか??」
「いいえ、そうではなくて。
・・・私は、中へ入りません」
何だ??
”入れない”じゃなく、”入らない”って言ったか??
「評議会の職員は、市民を。
国民を守る義務があります」
「だからって───無理だろう!?
何の武器も持たずに《蜂》の撃退なんて、出来るわけが無い!」
「無理でも、やるんです!!」
泣きながら、セツラが叫んだ。
「一般より、高い給料を貰っているんです!!
その為の、評議会職員です!!
責任があるんですッ!!」
「!!」
多分、俺の表情というか形相は、凄まじいものになっているのだろう。
ひっ、と小さく悲鳴を上げて、セツラが身を縮めた。
ああ。
この場であれこれ言っても、無駄だ。
どんな理屈を並べたって、現実の前には意味を為さない。
彼女の気持ちを変える事も、出来やしないだろう。
だから。
「───少し、じっとしててくれ」
もう一度、慎重にセツラの体を掴み上げると。
俺は、自分の翼の付け根を強く噛んだ。
そして、180度の旋回。
地面に降り注いだ血を基底に、魔法陣を展開させる。
「『竜の巣穴』
『牙の棘』
『暴風の咆哮』」
学生時代、魔法の授業で赤点スレスレだった俺には、これが限界だ。
「絶対に『陣』の外側へは出るな!
このまま、魔力線を俺と繋げておく!
これを突破されそうなら、すぐに駆け付ける!!」
セツラが何か答えるより先に、走り出す。
それは、これ以上彼女を見ていたくなかったのと。
怖がらせたくなかったからだ。
───言いたい事は、山ほどあるさ。
大体、市民が地下避難所に入っていること自体が、おかしい。
『あれ』は、こういう事態を想定して作られたモノじゃあないのだ。
俺達悪魔は、当然の如く魔法が使える。
本当に、よっぽどの奴でもなきゃ、みんな当たり前に《転移》出来る。
地下避難所が建設された目的は、『戦時の備え』だ。
想像したくはないが、天使の軍勢が首都にまで侵攻し。
完全包囲され。
《転移》を阻害されてしまった場合の、非戦闘員用『緊急避難施設』だ。
俺達が首都へ《転移》出来た事からも明白だが。
現時点において、《転移》はどこからも阻害されていない。
にも関わらず、どうして市民は地下避難所へ逃げ込んだのか。
───それは。
───評議会のせいだ。
首都ジャスパルガンには、法律的に《転移制限》がある。
事前申請を必要とする。
入りたければ、使用予定日のおおむね前日までには届けるのが普通。
最短でも12時間はかかる、と思っていたほうがいい。
出る時は、圧倒的に楽だ。
5分もあればほぼ、自動処理で申請が受理される。
俺みたく、ブラックリストにでも載ってない限りは、だが。
───で。
───その『自動処理システム』は、《蜂》の襲撃で破壊されたのだろう。
というか、評議会の本部庁舎ごと、ぶっ壊れた。
即ち、市民達の《転移申請》を受け付けてくれる所が無くなった。
だが。
それを理由として無断で《転移》するのは、皆が出来る事ではない。
俺の場合、今回のような非常事態なら躊躇はしないのだが。
まっとうな市民からすると、『罰則金』が恐いのは当然だ。
その金額───平均的悪魔の給与所得、実に1.8ヶ月分である。
そりゃあ、地下避難所へ避難するさ。
評議会の執念深さは、誰もが知るところ。
《転移記録》を遡り、絶対に後日、『罰則金』が請求される。
だから、こんな状況でも彼等は、首都から脱出出来ないのだ。




