510話 宇宙戦士、逃げる 03
───《蜂》が何なのかは、分からない。
───何処から来るのか、何を目的として飛来するのかも、判明していない。
機械と有機体との複合である彼等は、倒してもサンプルとして保管不能。
たちまち蒸発するように消え失せてしまう。
黒と黄色のカラーリングから、《蜂》という名称は付けられたが。
結局のところ、肝心な事は殆ど分かってはいないのだ。
彼等の生態も、武装の仕組みも、何一つ。
その大きさや強さから、大まかな区別はしている。
C級ならば、一般的な悪魔でも複数であたるれば、勝てるくらいで。
B級だと、『地元じゃかなり、ならしてたぜ!』という奴が、いい勝負。
A級ともなれば、相当な腕自慢でも単独では苦戦必至、というか大体負ける。
そして、S級は。
うちの撃墜王が全員出撃し、包囲して。
長時間戦闘で半泣きで削り切って、やっとだ。
それでも普段は、BやCが3〜5体、ふらりと飛んで来る程度。
A級を撃墜すれば、『特別賞与』が支給される。
Sなんて、50年に一度。
災害に巻き込まれた、不運だ、と嘆くような感覚。
───そこへ突然、千体超えの《群れ》だ。
BとAが主力の。
S級も多数の。
クラス不明の『特異体』まで含む、冗談のような《超大群》である。
(もはや、呆れるのを通り越して・・・『綺麗な景色』だよ)
ダグマイアーは、銀河のように煌めきながら接近してくる光点に苦笑した。
いやいや、何だこれは。
馬鹿馬鹿しいにも、程があるだろう。
──────双剣を、握り締めた。
自分は。
自分なんかはもう、とっくに《剣士》ではない。
笑いながら山ほど叩きのめしておいて、一度負けただけで逃げ出した。
そんな男に、《剣士》を名乗る資格は無い。
炎狼から逃げること自体は、別にいいのだ。
戦った者にしか、あの恐怖と絶望は分からない。
逃げて当然、そうしないのはただの馬鹿だと断言できる。
しかし、それでもだ。
変な話だが、自分は『逃げた生き様』にもプライドを持っている。
炎狼を避けて、土星にまで来ようとも。
それ以外から逃げるのは、お断りだ。
つくづく愚かしい考え方ではあるが。
他から逃げないからこそ、《剣士》をやめた自分を許してやれるのだ。
職務?
軍律?
そんなもの、どうだっていい。
ただ、逃げたくない。
逃げ続ける為には、ここで逃げる事を認めてはいけないのだ。
《雪崩二刀》は、過去の事。
今、自分は《蜂》を斬れるだろうか───
そんな自問に、自答を返すより先。
眼前を通過するそれに、横合いから飛び込んだ。
いや。
『沈んだ』。
激流に落ちる、水滴にように。
ああ。
斬れるも、斬れないもあるものか。
周囲は全て、《蜂》だ。
振り回せば、いくらでも当たる距離。
それは相手の攻撃も同じだ。
《蜂》の攻性反応は、妙に薄い。
進軍する事を最優先としているのか、攻撃した個体しか反撃してこない。
それでも、そもそもの数が違う。
回避する隙間も、暇もありゃしない。
だから、受け流す。
受け流して、受け流して。
受け流せずに、くらう。
くらいながら、斬る。
───くそッ、痛ぇな!
───苦しいな!
無駄に硬ぇ外殻しやがってよ!
どけろや、雑魚共!
こちとら、『特別賞与』欲しさに戦ってんじゃねぇんだ。
S級だろうが、炎狼に比べりゃ『ゴミ』だ。
そこの奥にいる、お前。
お前だよ、『特異体』!
勝負しようぜ!
《負け犬剣士》の俺と、どっちが強ぇかよッ!
B級を肩から当たって吹き飛ばし、A級を蹴り。
その反動で『特異体』に接近する。
巨大な機械昆虫の、複眼らしき場所へ思い切り、剣を突き立てる。
即座に触腕の1つが腹に叩き込まれ、また雑魚の群れに押し戻された。
おいおい。
テンション低いぜ、お前。
死ぬまで戦り合おうって気概は無ぇのかッ!
畜生!
とにかく他のが邪魔だ。
どうせあと数分で、俺は動けなくなるだろう。
その前に『特異体』の一匹くらいは、殺りてぇな!
視界一杯の《蜂》を斬撃で斬り開き、我武者羅に進もうとした時。
───何かに背後から引っ張られるような、不可思議な感覚。
(ああ??)
半身の体勢、左目だけで振り向けば。
緑とオレンジが回転する、『ひどく平面的な渦』が見えた。
そこに《蜂共》が次々と吸い込まれ、消え失せている。
(何だ、ありゃ??)
消える?
掃除機のように吸い取り、害虫を纏めて始末してくれるならいいのだが。
そんな都合の良い事が、こんなタイミングで起きる筈もない。
おまけに。
この奇怪な『渦』自体は初見でも、考察するくらいは出来る。
掃除機であれ、それ以外であれ、普通は吸い込んだらそれで終わりではない。
その中身は大抵、何処かに排出される。
それが道理だ。
こんな多量のデカブツを、ただ倉庫に投げ込んで溜め続けるわけはない。
(まさか・・・《蜂》の『転移陣』かッ!?)
激流の中、速度を上げた《蜂》の群れが、次々と自分の方へ突撃してくる。
ちょッ、待て待て!!
俺まで巻き添えにするなッ!!
S級3匹とA級2匹に押されたところへ、トドメとばかりに『特異体』が迫る。
「おいッ!!どけろ、このッ!!・・・うおおおぉおおッ!!!
何処へ転移するんだよ、これえええぇええッ!?」
くそったれ!
宇宙の果てに跳ばされるくらいなら、《探査船乗り》のほうがよかったな!
───巨体の激突に、全身の骨が軋み。
一抹の後悔ごと。
ダグマイアーの体は、『渦』の中に飲み込まれた。




