509話 宇宙戦士、逃げる 02
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自分は昔、『強かった』。
生まれがまず、《当たり》だった。
悪魔と人間のハーフ、その殆どは魔力回路が少なく、脆弱な存在だ。
しかし、自分は《破格の大当たり》。
それを狙って母親を孕ませたクズ野郎は、大層喜んでいたが。
当の俺は母親が亡くなった後、グレにグレまくった。
健康優良、素行不良。
札付きならぬ、『位階持ち』の不良だ。
とりあえずの位階は、ギリギリの105位。
だが、それより遥かに上だと思っていたし、実際にそれだけの力があった。
手当たり次第、目立つ奴に喧嘩を吹っ掛け、倒した。
相手が50位だろうと30位だろうと、お構い無しだ。
面倒だから位階は奪わないものの、とにかく打ちのめす。
勝っても、一々それを喧伝しない。
向こうが負けたことを周囲に隠していようが、気にしない。
ひたすら、強いのと戦う。
戦って、勝つことこそ全て。
至極単純な思考だ。
適当に買った頑丈さだけが取り柄の剣が、二振り。
《雪崩二刀》などと呼ばれて結構、鼻を高くしていた。
勿論、それは本気で修練した上で出した結果だ。
努力が土台にあるからこそ、自分の実力を正しく理解し。
理解するが故、得意にはなれども慢心だけはしていないつもりだったが。
───あの日。
───見極めを少々、誤った。
”あんた、強いね!”
血濡れの女が。
血溜まりに伏した、瀕死の自分に言った。
”これだけあたしに傷を負わせるとか、とびきり強いよ。
今まで戦った中で、二番目に凄い!”
こっちは言葉を返すどころか、呼吸が止まりかけているのに。
素晴らしい笑顔で女は、更に続けたわけだ。
”あんたの名前、憶えたよ!
またいつか戦ろうね、ダグマイアー!
約束だよ───絶対!”
いやいや、本当に。
『その言葉のショック』で、危うく死ぬところだった。
───誰が戦るものか、金輪際!!
《炎狼》に敵わないのは、よくよく分かった。
二刀は、誤解されやすい。
殆どの者が、”防御しながら攻撃出来るが、威力は弱い”などと思っている。
しかし。
本当の価値は、むしろ『攻撃力』。
まったく別の軌道で、同時に仕掛けること。
これこそが醍醐味だ。
そして、大剣とは《とんでもなく相性が悪い》。
向こうの攻撃を受け止めるには、両方使わないとブチ折られる。
刀身の幅と長さが、これまた厄介で。
『別軌道攻撃』の殆どが、ただ斜めに大剣を掲げられただけで止められる。
それでも、そういう『不利』は覆してみせて。
その上で、負けた。
相性だので言い訳出来ない部分によって、敗北したのだ。
無理だ。
自分にまだ『伸びしろ』があることは、把握しているが。
それにしたって、こんなのは絶対に勝てやしない!
───俺は、全力で逃走した。
傷が癒えると即座に宇宙軍へ志願し、地球を離れた。
《探査船》にこそ搭乗しないが、可能な限り遠くまで逃げたい。
そして、なるべく内勤で目立たないよう、ひっそりと隠れ暮らしたい。
位階持ちであるお陰で、士官候補からのスタートだった。
まあまあ真面目にやっていたら、いつの間にか中佐まで上がり。
丁度タイミング良く空いていた、土星基地の長官席に滑り込む事が叶った。
そうなるともう、安泰だ。
《蜂》の迎撃などは、元気が有り余っている部下達に任せるだけだ。
自分は背もたれのついた上質な椅子に、深々と身を沈めてりゃいい。
時々『うむ、うむ』と鷹揚に頷き、そこそこに優しく振る舞い。
嫌われない程度にやっていれば、それで安心なのだ。
安心だった、のだ。
三年ほど前、一角獣に乗った炎狼が木星までやって来て。
その時ばかりは、ついに命運尽きたかと諦めたが。
幸いな事に、土星までは来なかった。
あれは本当に、危なかったな。
遺書を書こうか、首を吊ろうかという、瀬戸際だった。
それをやり過ごしたと思えば、今度は《蜂》か───
一匹、二匹ではなく。
十匹、二十匹でもなく。
総数で千匹を超える、膨大な《蜂の群れ》の襲来ときたもんだ。




