507話 名も無き石が語るだろう 03
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「それは、何とも・・・『奇妙な生き物』ですね」
宝石、王冠。
金貨、銀貨、白磁の陶器。
水晶のナイフに、青銅の鏡。
そうかと思えば、巨大な電子レンジや、ブラウン管のTV。
映画の広告看板。
錆びた拷問器具。
明らかに価値のある物から、引き取り手に困るような物。
非常に需要が限られる物まで。
とにかく種類も大きさもバラバラな品が、うず高く積み上げられた空間。
幾つもの『山』がそびえる、その麓。
もはや、そんな中に置かれていても違和感は無いような、古めかしい木椅子。
そこに腰掛け広げた本から顔を上げないまま、少女は言った。
「《人間でない》なら、それは何なのでしょうか」
”さてなぁ───妾にも、とんと見当がつかぬ”
「伝来の妖族の、亜人系ではなく?」
”それも違う。
見た目はもっと人間に近いが、その本質は人間とエルフ以上に異なる。
どうにも既成の枠に嵌まらない、『おかしな奴』だな”
「・・・その少年は、それからどうなったのですか」
”おお!興味が湧いたかえ、アドリー?”
「ええ、とても」
”うむうむ!
妾もな、喰われた配下の事なぞ、どうでも良くなってな。
すっかり奴にのめり込んだわ”
「・・・・・・」
”あれは、物事の道理を知らず、理解も出来ぬ。
そういう相手に数多を教えてやるのは、面白かった。
悪魔や人間を相手にするより、よっぽど心地良くて、興が乗ったものよ”
「少年の反応は、如何でしたか」
”まあ、喜びはせなんだ。
何を聞いても意味は分からず、さりとて真偽を疑うだけの土台もありはせぬ。
ただただ受け入れ、《知識》として全て蓄えていきおった”
「それを、今も続けておられるのですか」
”いいや。
10年ばかりは気にかけて、色々と面倒を見てやったのだが。
ひどく嫌われてのう。
妾の庇護下から逃げ出してしもうたわ”
「なんと恩知らずな」
”人間の言葉を憶えさせる為、騙して人間の死体を喰らわせたせいか。
それとも、情欲の何たるかを教えようと、三日三晩抱いてやったせいか。
まあ、所詮は《人間もどき》の《ニンゲン》よ。
こちらとしても、あやつが何を思っているやら、さっぱり分からぬな”
「まだ彼が、生きているのだとすれば。
今頃はどうしているのでしょうね」
”あれは、自分で死ぬと決めぬ限り、簡単に死にはせん。
以前より少し大きくなり、眼鏡を掛け。
取り付く島もないほど奇怪なバケモノになって、今も生き永らえておるぞ”
「・・・化け物」
”形は脆弱で、『気弱な自信家』だがな。
そなたも先日、死体保管庫にて会ったであろう?”
「ああ・・・あの男ですか」
少女は、本を閉じて立ち上がり。
『山』の中の僅かな窪みへ、すい、とそれを差し込んだ。
それから、別の書籍を細い指先で摘み。
秒速5ミリの慎重さで引き抜きにかかる。
”───どうしたえ、アドリー?
お前がそんなに愛らしく笑うなど、久方ぶりに見た気がするが”
「ふふ。
彼の事を思い出すと、嬉しくなるのです」
”『嬉しい』?”
「生まれも、種族も違いますが。
私と彼は、とても良く似ているのです。
誰にも望まれない、叶えてはならぬ願いを、叶えようとして。
けれど、その結果によらず、孤独に死んでゆくだろう運命の。
そういう自分よがりで、喜劇役者のようなところが」
”ほほう、そなたにそこまで言われるとはのう!
やはりあやつめ、死におるか?”
「ええ。死にますよ、必ず」
”そうか、そうか!
いや、これほど永く生きていると、もう大した楽しみがなくてなぁ!
奪って溜め込んだ『何か』も、気紛れに作った『何か』も。
奪われようと壊されようと、どうだって良いのだ”
「勿体無いですね」
”そう感じる心すら、褪せてしもうたわ。
それ故に。
1000年前、『そこの瓶』の中身が一滴少なくなろうと、気にもしなかった。
盗み出した者は、妾に殺されたかったのかもしれぬが。
そんな茶番に付き合うのも面倒でのう”
「・・・望みは《墓》だけ、という事でしょうか」
”うむ、その通りよ!
だが、学者や俳優やらは、とっくに飽きたぞ。
王も皇帝も、大統領も、これ以上は要らぬ。
妾が求めるは、もはや三つのみだ。
一つは、未だ何処に在るやも知れず。
一つは、月の裏側にて厳重に守られ。
そしてもう一つこそが、あやつのもの。
《『人間になれなかったニンゲン』の墓》よ”
「早く、死んでもらいたいですね」
”そうとも!
ああ、早く。早く死んでくれぬかのぅ!”
地獄の奥深く。
仄暗い領域の、片隅で。
八首の巨大な竜が、身をくねらせた。
その鱗が───それを形どる無数の『墓石』が。
がちがち、と硬い音を立てて笑った。




