505話 名も無き石が語るだろう 01
【名も無き石が語るだろう】
ひうう。
ひるる。
ひあああ。
崩れた漆喰と、折れた木の柱。
星明かりの下、冷えた大気に身を震わせながら、《それ》は居た。
ひいうう。
ひるるう。
その音は何度も繰り返され、耳朶を打つが。
風はまったく、吹いていない。
空気自体が重く凍り付き、固まっている。
真っ白なカンバスに、景色のフィルムを貼り付けた如き『違和感』。
何時かの、何処かの、何かを複製したような『既視感』。
ひうう。
ひあああ。
「なあ───さっきからお前が何を言ってるのか、さっぱり分からぬぞ」
そう口に出せば、ようやく音が止まり。
《それ》は唇を閉じて、刺すような目付きでこちらを睨んだ。
「・・・人間は、人間の言葉以外を喋っちゃいけないのに・・・」
「アレのどこが、『人間語』だ。
それに、お前は人間ではなかろう」
「・・・人間、だよ」
「いいや、違うな。
頭がひとつ、手と足がふたつずつあって。
人間のように見えるが、人間ではあるまいよ」
「・・・・・・」
「だが、随分と『悪魔語』は流暢だ。
さてはお前、悪魔に育てられたのか?」
「・・・食べたから、憶えた」
「───何?」
「悪魔を食べたから、悪魔の言葉を憶えた」
ボロ切れに身を包んだ少年が、忌々しそうに呟く。
「それは、どんな悪魔だ」
「三角と四角が合わさったような、黒いやつ。
美味しくなかったし、食べられるところがあんまりなかった」
「普通は食べぬよ、悪魔など」
「ふうん」
「何故、私の配下を殺した」
「どうして食べたことじゃなく、殺したことを責めるの?」
「責めてはおらぬ。
腹が減れば、喰らうのは道理よ。
だが、お前には悪魔以外のものを食べる選択肢もあっただろうに。
何故、わざわざ悪魔を選んで殺したのだ?」
「僕に、酷いことを言ったからさ。
知らない言葉でも、悪口だけは分かるから」
「ほほう。一体何を言われた?」
「・・・思い出したくない」
「そうか、そうか。
ならば、配下の非礼を詫びる意味で、お前に良い事を教えてやろう」
「??」
「こちらの都合に合わせ、欲しい言葉しか喋らぬ他者などおらん。
法と恐怖で縛り付けてさえ、『はい』くらいしか言わぬと思え」
「じゃあ、どうしてもそれが気に入らない時は、どうするの。
あんたなら、どうするのさ」
「むむ、私か?
私なら───そうだな。
あまりに気分と都合が悪ければ、殺すだろうな」
「結局、同じじゃないか」
「お前と私が?」
「僕と、じゃない」
「それなら、何と同じだと言うのだ」
「・・・天使さ。
糸を切るみたく、簡単に僕らを殺す、天使だよ」
怯えるように肩を震わせながら。
それでも、精一杯の憎悪を込めて少年は吐き捨てた。




