501話 Remote Bomb 01
【Remote Bomb】
───音が、近付いてくる。
ぱたぱた、と。
体重の軽い者がサンダル履きで歩く、独特の足音。
よく知っている音だ。
よくよく知っている、聞き慣れている音。
正直ムカつくし、耳障りだ。
その音を立てている者自体が、かなり邪魔。
大迷惑な存在だ。
しかも。
それは迷うことなく、真っ直ぐこちらへと向かってきて。
───くそ、やっぱり俺か。
すぐ近くで、ピタリと音が止んだ。
金曜は、何かと忙しい。
溜まった仕事を片付けておかないと、困るのは来週の自分。
その来週をスムーズに始めたいと思うなら、一層忙しい。
何事も先手、先手だ。
『今は目に見えない分』であれ、それなりの道筋をつけておく必要がある。
まあ、実際のところはもう、とっくに《俺の仕事》は完了していて。
やっと1/3にまで減らした書類の束は、他の連中の机から奪ってきたものだ。
別に、それを尻拭いだとは思っていない。
優しさから手助けするだとか、そんなつもりもない。
金曜を迎えるまで『こういうの』を片付けられなかった奴は、書類仕事が苦手。
ただそれだけの事だから、失望も怒りもなく、冷静に対応している。
俺がこれを引き受けている間、そいつらだって遊んでいるわけじゃあない。
出来る事をやり、得意な分野で誰かの分を手伝うべく動いている。
外回りでも、倉庫整理でも、何だっていい。
そうしろという『指示』や、『義務』からではなく。
黙っていても、全員がそうする。
そうやって、《全体の仕事》がきちんと進み、無事に金曜が終わって。
皆が笑顔で、土日を迎えられるのだ。
俺はまあ、とびきり仕事ができる。
できるからこそ、高い地位を与えられ、高額な報酬を得ている。
『誰に何をやらせるか』は俺に決定権があり、進捗管理も行うが。
そこにはけっして、私情を挟まないよう心掛けている。
『苦手な仕事を割り振らない』、などの手加減は無しだ。
最低限は努力させる。
時間が掛かろうと、少しでも片付けさせる。
その姿勢を周囲に示すことで、そいつは《一員として》認められる。
誰からも後ろ指を指されずに済む。
こうなるまでには、色々あった。
今でこそ、気を回して細かいフォローが出来るビッケン。
途切れない行動力でタスクを消化してゆくジルモークも。
俺がこの一派に入った頃は、やる事成す事、全ていい加減で
ガンッ。
───机が蹴られた。
「カルロゥ」
「──────」
「ボスを無視するのは、よくない」
「無視じゃない。忙しいんだ」
「ききたいことが、ある」
月毎の諸経費の変動を、前年度と比較表示させたノートPC。
その画面の後ろから、常に面倒で迷惑しか掛けない奴が言う。
「とても大切なこと」
「───手短に話せ」
「カルロゥは、わたしのこと、好き?」
「別に」
即答を叩き付けると。
瞬時にフロアが、静まり返った。
「・・・仮にカルロゥが、わたしに惚れてるとして」
「ない」
「・・・べた惚れだった、として」
「やめろ」
「だめ」
スマートフォンを手繰り寄せ、立ち上がる。
「どこいくの?」
「休憩だ」
急ぎ足で、最短の脱出経路を進む。
こちらを見ている連中。
どいつもこいつも、『嬉しそうに困った顔』をしてやがる!
ふざけんな。
お前らの『ハラハラ』は、世間一般の常識から逸脱してんだよ。
俺には少しも理解できないんだよ!
ぴったりと背後に連いてくる、『上位馬鹿』の気配。
それを振り切るべく、更に歩みを加速させて。
───だが。
───転移陣まであと2歩、というところで。
「カルロゥ」
ベルトの後ろを掴まれ、止められた。
「おい、離せ」
「だめ」
「休憩に行くんだよ、俺は」
「外はあつい。やめたほうがいい」
「お前と会話して脳が沸騰するより、よっぽどマシだ」
「きゅうけい室で、おはなししよう」
そのまま、ずるずると引き摺られる。
やめろ、馬鹿。
なんて馬鹿力だ、この馬鹿は。
「───どうぞ、ごゆっくり」
丁度良いタイミングで、ガチャリと開けていただいたドア。
有難うな、『気配り』のビッケン!
たいした奴だよ、本当に!
どっかのホテルとか、お屋敷に勤めちゃどうだ?
「とにかく、離せ」
「だめ」
駄目なのは、お前の頭ん中だ!
奇想天外な『大切な事』とか、『大事な話』は!
いつもみたいに、ミスター・ヴァレストの所へ持ってってくれよ!!




