500話 甘くない『おやつ』 06
───主人公は、殺し始めた。
襲い来る帝国兵ではなく。
武器を持たない、貧しさと不公平を耐え忍んで暮らす、街の住人を。
生きるだけで精一杯の人間を。
それでもレジスタンスに好意的で、支援さえしてくれている民間人達を。
───単なる殺人ではない。
───『殺すこと』自体を目的としたやり方ではない。
心底不愉快で思い出したくないので、詳しくは語らないが。
彼は時間を掛け、じっくりと丁寧に。
被害者が『必ず発狂する』殺し方をした。
結構な年月を生きている、悪魔の俺でも思い付かない方法で。
冷酷に、残忍に。
こんな非道が許されるのかと叫びたくなる程、最悪の残虐性を見せ付けて。
彼はそれを、涙を流し嗚咽しながら続けた。
恨みの1つもない相手を、一晩掛けて執拗になぶり殺した。
途中、悪魔アンバイエルが現れて、”普通に殺せばよかろう”と呆れるが。
主人公はきっぱりと首を横に振る。
そして、返り血に染まりながら、尚も被害者の体を切り刻む。
───やがて、彼がそうする理由が明かされた。
少年時代の回想シーン。
8歳の彼と、悪魔が出会った場面。
当時の主人公が望んだ願いは。
《憎い相手を殺す力》が欲しい、だった。
悪魔アンバイエルは、それを承諾せず。
代わりに《死者を生き返らせる力》を授けよう、と微笑んだ。
”なあに、心配は要らない”
”『殺す』も『生き返す』も、結局は同じ事なのさ!”
そして、主人公の両親が病死したのが、レジスタンス結成の一年前。
彼は。
両親を、『生き返さなかった』。
───その事を、彼は今も悔いている。
殺したいのに、殺さなかった。
『生き返さない』ことで『殺して』おいて。
それなのに。
『殺さなかったんだ』と、自分に言い聞かせてしまった。
あれは、病死だ。
自然に死んだだけだ。
そして、人間は生き返らないのが当たり前なんだ、と。
彼はもう、自分を欺きたくなかった。
《マリナを救う為に仕方無い》だのと、思いたくない。
それを理由にして、自分が手を汚す事を誤魔化したくなかったのだ。
主人公と共にレジスタンスを結成した者達。
蓋を開けてみれば、連中の本性は下水の匂いより酷かったが。
かといってリーダーである彼とて、高潔な信条を持っていたわけではない。
彼にとっての『帝国』は、『死んだ両親』と同一だ。
殺せなかったものを、今度こそ殺す。
その欲望に、後から理念を足したにすぎなかった。
殺人は許されない、と彼は知っている。
許したくない、と彼自身も思っている。
だからせめて、自分が生きている間は、絶対に忘れないように。
決して誰にも、言い訳が出来ないように。
確固たる意思を持って、能動的に殺す道を選択したのだ。
犠牲者がどれだけ、助命を乞うても。
”何故こんな事をするんだ”、と暴れ喚いても。
彼は、同じ台詞しか言わない。
「殺したいから、殺すんだ」
その言葉は、何10回となく繰り返される。
「殺したいから、殺すんだ」
「殺したいから、殺すんだ」
ぶっ通しのプレイで疲れ切った脳に、キーワードがひたすら刻まれる。
思考がボヤけ、次第に麻痺してゆく。
───それでも俺は、主人公の考えを肯定できない。
───そして、彼の苦しみを、間違っていると斬り捨てることもできない。
1人、もう1人と殺してゆく度、彼の精神は壊れてゆき。
俺には掛ける言葉がない。
もしあったとしても、プレイヤーからキャラクターに何が伝えられようか。
日が沈めば、街へ出る。
泣きながら殺して、夜明けにアジトへ戻る。
鍵を掛けて、自室に籠もる主人公。
ベッドに倒れ込む彼が目を閉じ、眠っている間。
その壁の向こう側。
隣の部屋で、廊下で、『仲間ではなかった者達』の会話ウインドウが開く。
「もう少しらしいぜ」
「さっさとしろっての、間抜け野郎」
「早く『5回』になってほしいなー」
「でもさ」
「「「───あいつ最近、『生き返さない』よな?」」」
おい、主人公。
俺は、お前の生き方を認めてやれないが。
それでも、マリナを救いたいって気持ちは同じ筈だ。
こんな地獄の中で、逃げ出すこともせずにお前を守ろうとする彼女を。
その彼女を助けられるのは、俺達だけなんだ。
俺は、意地でもこのゲームを諦めないから。
お前もまだ壊れるな、諦めるな。
あと少しだけ頑張ってくれよ、頼むからさ。
俺は、お前を動かせるけれど。
ゲームの中の彼女を救うのは、ゲームの中のお前なんだぞ。
惨たらしい描写の殺人シーンを堪え、物語を進行させ。
また次の誰かを殺して。
───けれど、そこまでやってさえ。
───もはや一欠片の希望すら、残されていないというのか。
8人目を殺害した後の、帰り道。
ドシュッ、と何かが突き立つ音がして。
画面が突然、モノクロ表示へと変わった。
ステータス画面には斜めに亀裂が入り、HPのバーが丸ごと消失。
「ごめんなさい」
「あなたを止めるには・・・こうするしか・・・」
もう一度、先程と同じ音が響き。
自らの胸に短刀を刺した彼女が。
マリナが、どさり、と倒れ込む。
───やがて、ゆっくりと雨が降り出して。
───古いレコードのような、掠れた雑音に包まれる世界。
石畳に伏したまま動かない主人公の側、降り立つ黒い影。
悪魔アンバイエルが呟く。
”───ほら見ろ。だから忠告したのだ”
”余計な時間を掛けず、さっさと殺せと”
”《10人殺し》の途中で死んだから、『生き返し』の上限は4回のまま”
”私は、《契約》以外で人間の蘇生などしない”
”まあ、死んだ君が持ったままの『生き返し』を、使ってもいいのだがね”
”そうした場合。君が蘇って、残り回数が1つ減り”
”生き返った君が《規定外の死》を遂げた彼女に使えば、更に1つ減り”
”結局3回分足らず、『やっぱり彼女は助からない』というわけだが”
”はてさて。これは、いったいどうしたものか───”
うう。
うああ。
あ"あ"あ"あ"ーーーっっ!!
「”どうしたものか”、じゃねぇだろッ!!
どうにかしろ、ってんだよッ!!」
俺はとうとう、怒りのあまりに叫び散らし。
思わず全力で、自分の右膝上を殴りつけた。
当然、その痛みにのたうち回るわけだが。
コントローラーを壁に投げつけなかっただけは、自分を褒めてやりたい!
何が『アンバイエル』だ、クソ悪魔め!!
お前は確かに、マリナが気付かない内に終わらせようと、急がせてはいたが!
そこまで分かってんなら、時間制限をつけるか、マリナのほうを止めろよ!!
お高いところから、つまみ食いしてんじゃねぇぞ!
関わるなら最後まで、ちゃんと関わりやがれ!
ガッチリ横に張り付いてサポートするくらいの、気概を見せろってんだ!
・・・あ。
もしかしたら、その。
そういうのは現実の悪魔に対し、現実の人間も感じているのかもしれないが。
───いやいや!それよりも、アレだ!
───これってもしかして、まだ《真エンド確定》に入っていないのか!?
あと二時間経てば、睡眠無しのまま4日目が始まっちまうぞ!?
もう俺。
本当の本当に、限界スレスレだぞ!?
画面のメッセージ表示部には、入力待ちのマークがチカチカと点滅している。
ボタンを押せば即、BADエンドへ移行するのか。
それとも、ここから《大ドンデン返し》が始まり、終結へ向かうのか。
続けるのが、恐ろしくてたまらないんだよ。
震える指でなんとかタバコを取り出し、火を点けるが。
味も香りも殆どしない、ただの煙だ。
昨日あたりから、そういう感覚が駄目になってやがる。
ボロッボロに削られている。
いいか───何度だって言うぜ、マギル。
このゲーム。
6歳の子には、プレイさせてはいけない。
”お蔵入りしました”じゃなく、作ったこと自体を隠し通せ!
その子が10歳になったとしてもだ!
絶対にだ!
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(以下、ちょっと長い補足)
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(補足その1)
作者:「私は力尽きて、見るのやめちゃったけど。《真エンド》は?」
黒竜:「ああ───まあ、幸福な結末だったよ」
作者:「・・・・・・」
黒竜:「全員が幸せになったぜ。最悪なことに、な」
(補足その2)
陛下:「『アンバイエル』は、悪魔のお伽話に出てくる有名な鏡さ」
作者:「へぇー。どんな鏡なんですか?」
陛下:「持ち主が見たくないものは、次第に映らなくなるんだ」
作者:「?」
陛下:「あと、『この世に存在しないもの』を映してしまうと、ひび割れるね」
作者:「??」
陛下:「私は本物を持っているし、使ったこともあるよ?」
作者:「・・・あ!」
(以下、作者の考察)
ここからは、ヴァレストさんと陛下に貰ったヒントから推測した、作者なりの
《真エンド》です。
これが真実かどうかは目撃していないので不明ですし、他の解釈もあるかと。
↓
”さて───それで、君はどうしたいのだね?”
悪魔アンバイエルが言う。
”君だよ、君───そこで見ている、ずっと見てきた『君』さ”
”こんな残酷で醜悪な物語は、もう見たくないかね?”
”それとも、最後まで付き合うかね?”
A:「もう嫌だ。これ以上は耐えられない」
B:「どうであろうと結末を知りたい」
A → ゲームがアンインストールされ、SAVEデータも削除。
B →《真エンド》
”そうか。結末を知りたいか”
”───しかしだね。私はもう、飽きてしまったよ”
”さりとて、このまま放り出すのも良くないからね”
”きちんと後始末をして”
”綺麗さっぱり、みんなの苦しみを消してしまおうじゃないか”
───そして、時間が巻き戻され。
悪魔アンバイエルは、その身に『主人公を映すこと』を『やめた』。
主人公は、この世界に生まれてこない。
どこにもいない。
それ故、レジスタンスは結成されず。
誰も彼の影響によって、『人生を狂わされる』ことがない。
皆が生きたいように生き、当たり前のように命を終えるだけ。
ただし。
マリナも生まれてこない。
その代わりに『それ以外の誰か』が、新たに登場し。
『不確定の誰か』によって、必ず殺されるだけ。
《今、プレイヤーが知っているキャラクター》は、誰も不幸にならない。
───これは最初から、ゲームだった。
───悪魔アンバイエルと、フード姿の男との『遊び』だった。
マリナは、『この世に存在しないもの』。
フード姿の男が送り込んだ、偽りの命。
彼等がとり決めたゲームルールにより、直接的に誰かを殺すのは禁止だが。
人間を唆して殺させることは出来る。
ただし、5回まで。
悪魔アンバイエルは、マリナを我が身に映し続けて割れたくないから殺す。
必ず殺害しようとする。
けれども、遊びだ。
ふんだんに遊び心がある。
どんどん難易度を上げて『主人公を周回させ』、楽しみたい。
もしも主人公が《10人殺し》を成功させていた場合。
アンバイエルは約束通り、『生き返し』を5回にしてやるつもりだった。
そして、フード姿の男に《敗北宣言》をする覚悟をしていた。
『生き返し』を5回にするのは罰が下される、とかはアンバイエルの嘘。
彼等が楽しく遊べるなら、本当はなんでもいい。
しかし、マリナが自分の意思で主人公を殺害する事態は、予定外だった。
アンバイエルにも、フード姿の男にとっても。
暴走しているかも、という予感はしていて主人公を急がせたが、間に合わず。
”ううーむ。マリナの調整、どこか間違えたか?”
”おいおい。しっかりしてくれ給えよ、我が好敵手!”
”彼女は後半、かなり言動がおかしくなっていたな”
”『魂が宿る』だとか、そんな夢のような話もあるまいし!”
───結局、両者の合意により。
───《舞台》はリセットされた。
今回のゲームは、『流局』にて終了。
それが悪魔達の、主人公を《生き返さない理由》だ。
最低の、サブタイトル完全回収。
・・・と、こんな感じでしょうか、私が思い付くのは。
作者:「《真エンド》が何だったにせよ、完全に『やり過ぎ』だと思います」
秘書:「《ややビターなチョコレート》のイメージで作った」
作者:「世界中のカカオ豆が、助走をつけて殴るレベル」
秘書:「このゲームを通じて、人生の不条理への対処法を学ぶことが」
作者:「口で伝えるべきだと思います」




