03話 燃えるNY(その3)
「有難う・・・ございます。
突然の要請に応えていただいて・・・」
「いやいやいや!そりゃ、いいんだが!」
ヴァレストは、次第に消えてゆく魔法陣の中にうずくまった『天使』を抱き起こし。
その背を見て顔色を変えた。
「この切り口────あんた、自分で翼を落としたのか!?」
「・・・ええ。
それくらいは『代償』にしなければ、反属性である貴方を呼べないので」
「そりゃあ、そうだろうけどよ!
────おい、マギル!
突っ立ってねぇで、手伝え!!」
いつの間にか無言で背後に立つ秘書を、手招きする。
「俺ぁ、とりあえず『これ』をくっつけるからな!
お前は反対側のに刺さってる『矢』をどうにかしろ!」
「────」
「何をぶんむくれてやがんだ?
ほら、前に言ったことあったろ?
俺は彼女に、でっかい借りがあるんだよ!
頼むから、手伝え!!」
「────はい」
「いいか?ぴったり、『中和』しろよ?
力の加減間違えたら、俺らの力で逆に傷付けて」
「分かっています!」
明確に不機嫌な声で、秘書はヴァレストの言葉を遮った。
「確かに、天使だとは聞いていましたが!
またしても『女性』だとは、思っていませんでしたっ!!」
ぎり、ぎり、ぎり
歯軋りの音に、ヴァレストはぞくり、と身を縮める。
「あ〜〜・・・まあ、なんだ。その。
うん、後で詳しく話すから!」
「────」
「・・・これ、護法憲兵隊が使う矢じゃねぇか!
ランツェイラ、何でまたお前さん、そんな連中に?」
「ええ。それが」
ぼろぼろに傷付き、白い衣服に血を滲ませ。
それでも神々しい『天使』が、ふう、と溜息1つ。
「わたくし────脱獄をしてしまいました」
「・・・脱獄ぅ!?」
「はい。
地上界に用事ができまして、その旨を大法院に提出して滞在許可を申請した
のですが。
突然、憲兵隊に捕らえられて────第1級牢獄に」
「何だそりゃ!?
いいじゃねぇかよ、滞在許可くらい!
ケツの穴の小せぇ連中だな、おい!」
「・・・ボス」
「いてえっ!!」
「直接の連行理由は、滞在許可の申請ではないのです」
「じゃあ、何だ?
あんた、普段からマークされるような事でもしてたのか?」
「楽譜を────集めておりました」
「楽譜?」
「わたくしが投獄されるに至った罪状は、『敵性音楽の所持』だそうです」
「敵性・・・音楽・・・」
ヴァレストの表情が、何ともやりきれないもので曇った。
「────以前から、魔界で奏でられる音楽に興味があったのです。
どうしても聴きたい、歌ってみたい、という感情に逆らえず。
地上界をよく訪れている天使に頼み、少しずつ集めていたのです」
「・・・・・・」
「けれど、投獄された以上、必ず入手経路は問い正されます。
わたしくしはきっと、その尋問に耐えられないでしょう。
だから」
「気持ちは、分かる。
あんたのも、あんたに手を貸した奴等のも、両方な」
ようやく翼が癒着した天使から離れ。
窓際で煙草をくわえたヴァレストは呟いた。
「楽譜の入手は、天使だけじゃ不可能だ。
悪魔側にも手引きした奴がいる。
そいつらだって、あんたのことが好きなんだろうよ」
「ヴァレストさん────ごめんなさい────」
「・・・だが、立場がいけねぇよ。
『天界の歌姫』たるあんたが、『敵性音楽』はマズい。
大法院が見逃すわけが無ぇ」
「でも!!」
白翼の天使が、潤んだ目で悪魔を見つめた。
「『休戦条約』を結んでいる筈です!
そもそも敵性だなんていう区分けが!」
「ランツェイラ。
『休戦条約』ってのは、全面戦争はしないっていう、ただそれだけの取り決めだ。
局所的に、小規模の争いはずっと続いているんだぜ?
人間という駒を取り合って衝突するのは、天使と悪魔の性だ。
終わりなんてモノは無いんだ。
あんたは・・・それを目の当たりにする機会が無く育ったから。
知らなかったのは、仕方ない」
「そんな────!」
両手で顔を覆い、さめざめと泣く天使。
ヴァレストは。
その姿を見て、吸殻を手の中で握り潰す。
思い切り、爪が皮膚に喰い込む程に。
彼女は、魔界の音楽が認められないことを悲しんでいるのではない。
知らずに巻き込んでしまった、協力者に対して贖罪の涙を流している。
それが、分かったのだ。
「・・・泣くなよ、ランツェイラ。
もう天界には戻れなくなっちまったが。
あんたは俺が、必ず逃がす。
楽譜の入手経路は、魔界側の証拠を全部潰しておくよ」
そっと天使の肩を抱く、悪魔。
「あんたさえ逃げ切れたら、証拠無しでは大法院も手引きした天使を裁けない。
たとえ目星が付いていたとしても、な。
────マギル」
「はい」
「大至急、楽譜に関与した『こっち側』の奴等にハナシ付けろ。
元々、『天界の歌姫ファン』達だ。
事情を全部話せば、きっちり忘れてくれる。
もし足元見やがるなら、契約点数分けてでも黙らせろ」
「了解しました」
「悪いな。点数がマイナスになる仕事させちまって」
「・・・そうですね。
けれど、久々にボスが格好良く見えましたから。
文句はありませんよ」
顔の無い秘書が、溜息と共に零した言葉には。
諦めと、ほんの少しの優しさが含まれていた。
『契約点数』は、とても大切。
毎月のノルマがあり、達成出来なければ罰則が・・・。
悪魔も、それほど自由ではないのです。
ヴァレストさんは、自由ですが(苦笑)