491話 夏の宴、革命 07
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月の光。
星の瞬き。
風そよぎ、木々の枝が揺れる。
下生えの草から、強い生命を感じる。
───ガモント・ゴーディエンは、夜の森に澄み渡る空気を深々と吸って。
───それから、大きなチキンカツサンドに猛然とかぶり付いた。
美味い。
そして、喜ばしい。
およそ一年あまりの時を経て、精霊達が戻ってきた。
ようやくの《和解》が成った。
自分の右肩には今、一匹の光の精霊がとまっている。
それだけではない。
広場のあちらこちらで、夕食と兼ねた宴に興じる者達に混じり。
楽しげに踊ったり、飛び回っている『小さき親友』。
ああ───暮らしの中に、精霊がいる。
懐かしくもあり、新鮮でもあり。
一年前と同じ至極当たり前の光景が、じわりと胸に染み入って嬉しい。
───有難う、精霊達よ。
我らが手を取り合ってこそ、森の調和が保たれる。
やっと一安心だ。
これからは、もう。
レトルトパウチを温めるのに、わざわざ火をおこさなくてもいいのだ。
除染が終わり、明日の昼頃からは生活用水に困ることもなくなる。
目出度い。
今宵は大いに食べ、飲んで愉しむべきだ。
んん?
何やら、向こうのほうが騒がしいぞ。
本当に全ての精霊術が使用可能になったか、試そうとしている奴がいるが。
まあ、放っておいても大丈夫だろう。
《火炎旋風》だのやり始める前に、周囲が止めるに違いない。
多分。
───おっと。
───『主役』が目を覚ましたようだな。
木陰に横たわっていた天使の一名が、呻きながら身を起こし。
介抱していたイエリテからミネラルウォーターのボトルを受け取っている。
「やあ、フォンダイト殿。具合は如何かな?」
声を掛けると視線が向けられるが、彼の顔は紅潮しており、やや目が虚ろだ。
「・・・ああ、族長殿。
まだ頭が重く、その・・・皮膚にピリピリと刺激があるような」
「おそらく、《精霊酔い》だな。
精霊術を初めて使った子供が、よくなるやつだ。
その程度で済んで幸いだったよ」
命を落としていてもおかしくなかったぞ、と続けるより前。
イエリテから、猛烈な非難の目が突き刺さる。
いやいや。
そう睨むでないわ。
私はお前の親族で、しかも族長だぞ。
そう睨むな、というに!
だが、何というか───これも今夜の喜ばしい事の1つなのだろうか。
イエリテの事は、ずっと気に掛かっていた。
この娘は、悪い意味で先々を考え過ぎるきらいがある。
責任感が強く、誰かに任せるよりも全部自分で抱え込んでしまう。
それ故に思い悩み、立ち止まり。
伴侶を持つことをせず、日々を楽しむこともどこか諦めている様子だったが。
その彼女が、今こうして目の前で、大きな感情の変化を見せている。
何があったのだ?
たった半日、《地上の星》の一行と行動を共にしただけで。
いったい、何が───
まさか。
「もしや───『ラヴ』か」
「!!」
「??」
さっと顔に赤みが差し、俯くイエリテ。
それに対して、元首殿のほうは特に変化無し。
まあ、《精霊酔い》で元から赤いからな。
それとも、真性の鈍感男か。
「ああ、その。とにかくだ。
貴公らのお陰で、精霊達の機嫌が直った。
これまで通り、精霊術も使えるようになった。
この森のエルフを代表して、深く感謝するぞ、元首殿」
「・・・そうか。それは良かった。
何とか格好が付けられた」
「格好?」
「いや、こちらの話。
だが、機嫌を直すのと引き換えに、精霊達から『頼み事』をされてな」
「うん?」
「難しい事ではない。ただの伝言なのだが」
「伝言??精霊が??
何故だ?直接、我らに言えばよかろうものを」
「・・・”そうすると角が立つので、私を間に挟みたい”、と」
「──────」
ちらり、と自分の右肩を見れば。
どこか気まずそうに光の精霊が離れて、飛び去ってゆく。
何だ。
何だというのだ、これは。
「族長殿。
伝言の内容に関して、私にはどうにも理解し難いところがある。
だが、約束した以上はそのまま、ありのままにお伝えしよう」
「うむ」
「・・・・・・”《呪歌》が、ダサい”、と」
「───は??」
「”聴くに耐えないから、早急に何とかしてくれ”、と」
「───なっ、なんじゃとおおおっ!!??」
思わず上げた絶叫で。
広場にいる部族全員の視線が、こちらへ集まった。




