489話 夏の宴、革命 05
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途中、何度かの休憩を挟みながら、中和作業を続け。
陽が傾く頃には、森の相当奥にまで辿り着いていた。
勿論、まったく見たことのない場所だ。
エルフの集落から遠く離れ、周囲の地形は従軍中の記憶にも存在しない。
「皆さん、そろそろ戻りましょう」
イエリテ殿の声が掛かるが。
私と10名の大臣達は違和感をおぼえ、思わず目を見合わせる。
これまで幾つかの森を除染したせいで、我々もコツのようなものを習得した。
水脈の流れ。
地脈の繋がり。
エルフには到底及ばぬものの、大まかには理解できるようになったのだ。
「しかし、この先には大きな地脈がある筈だが。
そこは除染しなくて良いのか?」
「放っておきたくはないのですが───今は無理だと思います」
「??」
「そこより手前に、精霊達が集まっていて。
その───非常に、荒れているんです。
手が付けられません。
近くに寄ろうとすれば、集中的な攻撃を受けてしまいますよ」
「・・・ふうむ・・・」
精霊とは、荒れるものなのか。
『四元二律に二極』。
地水火風と、それぞれの陰陽。
それらから独立した、光と闇。
私にはその程度の知識しかない上、彼等の姿を見る事も不可能。
専門家であるエルフ達が『手が付けられない』なら、手伝える事も無い。
「これに関して、解決の見通しは?」
「日本に住んでいるエルフ族を呼ぶ、そういう案が出ています」
「日本の?」
「ええ。
彼等は《テング》と呼ばれる、『風』に特化した部族です。
わたし達とは異なるやり方で精霊と交信し、説得が可能なのでは、と」
「だが、『風』に特化ということは」
「それ以外には、あまり期待できないかもしれません」
「むむ・・・《精霊が荒れた》ことによる弊害などは?」
「───しばらくの間、わたし達は精霊術を行使出来ません。
おそらく、あと一年か二年くらいは」
イエリテ殿の表情が、またしても曇ってしまった。
いや、これは我々にとっても『よろしくない』事だ。
オーストラリアのエルフ達が精霊術を使えない、と発覚すれば。
天界は再度の侵攻を計画するやもしれぬ。
そして、戦端が開かれたなら。
同盟関係である《地上の星》も無縁とはいかない。
困るではないか。
とてつもなく、猛烈に困る!
「こうなった原因は、判明しているのだろうか」
「それは───その───」
言い淀んだ彼女の様子に、閃くものがあった。
当たってほしくない類の予感。
こういうものは、往々にして『当たってしまう』のだが。
「───《呪歌》を使ったせいです」
「・・・・・・」
「精霊達は、《呪歌》を嫌います。
唄っている間こそ、その効力を維持する為の協力はしてくれますが。
終われば、こういう事になる。
わたし達はそれを知りながらも、《呪歌》を使う道を選んだのです」
「そうさせたのは、我々だ」
「いえ、それを───フォンダイトさん達の責任だと言うつもりは」
「この森で戦った以上、その責任の中に含まれている。
先程、貴方も言っただろう。
過去は消えぬ。
都合の悪い部分からだけ逃げるなど、我々は恥知らずではない」
「──────」
「《呪歌》を使うに至るまで追い込んだのは、我々の責任だ。
そして。
そこには、戦術毒が深く関わっている。
とてもではないが、除染せず帰るわけにはいかんな」
「───えっ」
声を上げた彼女に構わず、視線で大臣達に合図すると。
みな頷き、私の後に続いた。
そうとも。
それくらいは腹が据わらねば、《独立国家》を名乗れぬ。
何事も成せないまま終わる、我等ではないのだ。
「待って!待ってください、皆さん!!」
慌てて追いついてきたイエリテ殿が、私の貫頭衣にしがみつく。
「駄目です!危険です!
本当に、怪我するくらいじゃ済みません!!」
「どうなろうと、精霊達に謝罪せねばならん」
「何を謝罪するんですか!?」
「戦術毒を使い、この森を汚染した事についてだ」
「それこそ、皆さんの責任じゃないでしょう!?
作ったわけでも、使ったわけでもないのに!!」
「・・・・・・」
裾を握り締めた力で、彼女が本気だと分かる。
振り解くのはまあ、不可能ではないにしても。
それを実際に行えば、些か暴力的になってしまうだろう。
だが何にせよ、このままオーストラリアから退散するわけにはいかぬ。
子供が遊びに来たのではないのだ。
中和作業を完了せずして、我等の仕事は果たせない。
加えて、だ。
この状況。
私の知る範囲で判断するならば、『修羅場』だ。
言葉を荒げる女性と、背を向ける男性。
構図的に誰が見ても、そういう『デリケートな場面』である。
ここで単に彼女の腕を振り払い、進んだとしたら。
それは、《あまりよろしくない》振る舞いだ。
《経験が無い男》の、《感情の機微を無視した行動》と捉えられかねない。
それは困る。
かなり困る。
大臣達の手前、私は『著しくモテる男』。
こういう時にこそ、一般男性とは違う行動ができる男。
彼等に私の女性経験の浅さを、悟られるわけにはいかないのだ。
絶対にだ。
「・・・イエリテ殿」
向き直り、勇気を振り絞って。
彼女の両肩を掴んだ。
ええい、何のこれしき!
白竜に睨まれた、あの時に比べれば!
否、杖で殴打された、あの夜の恐怖に比べれば!
「申し訳無いが、貴方の理屈は少しも通らぬ。
精霊達からすれば特に、腹が立つ事この上無き『言い訳』であろう」




