485話 夏の宴、革命 01
【夏の宴、革命】
───気が重い。
───とてつもなく憂鬱で、気分が乗らない。
朝6時、寝袋から這い出して起床。
まずは、食事の支度だ。
前日の夕刻に近所のパン屋で購入した半額のバゲットを、手早くスライス。
摩り下ろしたエダムチーズを掛け、一番大きなフライパンに並べる。
勿論、加熱手段は法術。
《カセットボンベを使わないカセットコンロ》のもう一台に、鍋をセット。
ラディッシュとキャロットの鶏肉入りスープは、昨夜の分の残りだ。
温め直している間、焼き色の付いたバゲットに粉末のバジリコを振って皿へ。
スープを各自のカップへ注ぎ、簡単ではあるがこれにて『朝食』とする。
「・・・ええと、元首」
「何だ」
「やっぱり、本当に行くんですか?」
「・・・当然だろう」
そうは返したが。
自らの声が力無く弱々しいのは、嫌でも分かる。
他の10名など、明らかに苦渋の表情を浮かべ、溜息さえつく始末だ。
何せ───今回の目的地は、特別である。
悪魔達の都、ミュンヘンの中心部に拠点を持ち、そこに住みながら。
我々が、未だこうして『野営生活』に似たスタイルをとる原因。
各自の私室ではなく、リビングに並べた寝袋で就寝する理由。
そう。
本日の《中和作業》の舞台は、オーストラリアなのだ。
毎夜、悪夢となりて襲いかかる精神外傷の根源。
恐るべき地獄の地、オーストラリア。
戦術毒の除染、それ自体は初回ではない。
ギリシャ、スペイン、リトアニアと周ってきた。
想像以上に歓迎され、讃えられ、エルフ達と食事を共にした経験もある。
しかし、オーストラリアとなれば、話は別だ。
我々は、彼の地で命の奪い合いをした。
けっして短くない期間、エルフ達を追い立て、殺害してきた。
自分達のこの手で、殺したのだ。
然るに、『杖で殴られる』ことより、もっと根本的な恐怖がある。
それは、親族同胞を殺された者達の《恨み》。
忘れえぬ、負の感情に晒されること。
顔を合わせてしまえば、それを飲み込む事など出来はしまい。
飲み込んでくれ、と頼める立場でもない。
”戦争とはそういうもの”などと言えるのは、第三者のみ。
憎しみも嘆きも、当事者にとっては常に真新しい記憶なのだ。
「逃げることは出来ぬぞ」
自らに言い聞かせるつもりで、明確な言葉にする。
「立ち止まれば、天界に住む連中と同じよ。
100年後、200年後に彼等と異なる場所へ辿り着く為には、ここが肝心だ」
「──────」
「タスモリア」
「はい」
「確か実家は、『時計屋』だったな?」
「え?あー、ええ、そうですね」
「お前は将来、この世界で最高峰の技術を持つ《機械製作者》となる」
「───はあ!?」
素っ頓狂な声を上げる、タスモリア産業大臣。
「何でですか!?無理ですよ!」
「なってもらわねば困る」
「いやいや!困る、って言われても!
俺、そんな機械の事とか分かりませんよ!?
親父の見よう見真似で、修理を手伝ってたくらいで!」
「なってもらわねば困る」
「元首!」
「安心しろ。
お前が超一流の《機械製作者》と呼ばれるまでの努力、研鑽。
私は、それを上回る苦労を、常に背負い続けよう。
”自分なんて、まだマシなほうだ”と、お前が苦笑できるくらいに」
「───」
「他の者達も、同じだ。
割り振った『大臣』としての職務、中途半端にこなす事は許さぬ。
必ずや、一流中の一流となってもらう。
その困難以上のものを、私も陰で耐え忍んでゆくつもりでいる」
「───」
「・・・率直に言おう。
エルフは、恐ろしい。
オーストラリアのエルフは格別に、震えがくる程に恐い。
私とて、行きたくはない。
子供じみた言い訳をしてでも、なんとか行かずに済ませたい。
逃げ出したい。
しかしだ。
それでも本日、オーストラリアへ向かう」
「───元首───」
「そうだ。
このフォンダイト・グロウ・フェネリは、《独立国家・『地上の星』》の元首。
ひょうたんのような顔をしているが、その実、意外にも女性受けが良い。
学生時代から、言い寄る相手は数多であった。
一々断るのに苦労していた程だ。
ミュンヘンに来てからも、買い物の度に『おまけ』してもらっている。
正直、《年上キラー》の自覚はある」
「ちょっ」
「どさくさに紛れて何言ってんすか、アンタ」
「10歩譲っても、 そりゃあない。無理」
「精々『味わい深い』までが限界でしょう、その顔」
「ええい、黙って聞かんか!
つまり、かなりのレベルで私はモテる。
こうやって皆のやっかみに晒されるくらいにな。
故に、エルフ達から袋叩きの憂き目にあうならば。
諸君の2倍、3倍、誰よりも私が多く殴られてみせよう。
それで何とか、溜飲を下げてほしい。
私はその覚悟をもって、現地へ赴くつもりだ」
「──────」
「さあ、支度するぞ、モテない諸君。
8時に『中和剤』の引き取り、10時には《森の戦友支援会》との調整だ。
各自、行動に移れ。
解散!」




