484話 永遠の愛
【永遠の愛】
「あの女、ブチ殺してやる」
昏い声で、彼女は呟いた。
苛々(いらいら)と爪を噛み締めながら、呪詛を吐き出すみたいに。
「腐れXXXから引き摺り出したXXを、釘でテーブルに打ち付けて。
口一杯に豚のXXを詰め込んで、縫い合わせてやる」
「・・・・・・」
「抉った眼球を1つずつ小箱に収めて、それを深海に沈めてやる。
XXとXXを切除してガムみたいに噛んでから、道端に吐き捨ててやる」
「・・・・・・」
それから。
急に静かになった。
紅潮していた顔が一転、青褪めて。
今度はカタカタと震え始めた。
ああ。
きっと、今言った事を実行するより先、もっと酷い目に合ってる自分を想像し。
どうしようもない『恐怖の底』に転落してしまったんだろう。
「・・・ねぇ、リグレット」
「──────」
「ボクはその、良く分からないんだけど。
あのズィーエルハイトっていう所と、喧嘩しないほうがいいんじゃないかな?」
「したくなくても、向こうがそれを許さないわ」
涙目でいじけている、ボクのお嫁さん。
「マイネスタンはね、2つの氏族が合流して生まれた家なの。
その片方が昔、ズィーエルハイトの三代目頭首を討ち取ってる。
絶対に、見逃される訳がないのよ」
「それでも、許してもらえる方法はあるんじゃない?」
「え?」
「怒らないで聞いてね、リグレット。
ボクは、ズィーエルハイトって、《強い者》を憎んでいると思うんだ。
《強い者》こそ、敵なんだ。
だからね。
”私達は、あなた達よりも弱いです”。
”どうか御慈悲をください”、って。
そこをちゃんと言葉にして、頭を下げたら。
下げられてしまったらもう、許すしかなくなるんじゃないかな?」
「──────」
「きっとズィーエルハイトさんは、自分達より弱い者を苛めないよ?」
「───ああっ、可愛いパルセムっ───」
ボクは、目にも止まらぬ速さで抱き締められた。
ううッ。
香水が、きつッ。
「残念だけど。それが言えないから、《吸血鬼》なのよ」
「・・・・・・」
そういうもの、なのかな。
ボクは獣狼族だから、《吸血鬼》の事をよく知らない。
獣なら、強い者に自然と従う。
従う時には、自分のほうが弱いことを認め、頭を垂れ。
従える者は、それを守ってやる約束をして上に立つ。
リグレットも、他のお家の吸血鬼も、どこかおかしい。
みんなズィーエルハイトさんが恐いのに、謝らない。
頭を下げない。
だから、向こうだって許せないんじゃないか。
みんなでズィーエルハイトさんを、ああいうふうにしてるんじゃないか。
「分からないよ。
やっぱり・・・ボクは頭首になんか、なれっこない。
吸血鬼は、吸血鬼と一緒になるのが一番良いんだよ」
「そんな事を言わないで、パルセム!」
「リグレット」
「私は、男も女も大っ嫌いよ!
どうしたって、《男の子》しか愛せないの!!」
「うん。それは知ってるけど。
でも、それなら吸血鬼の《男の子》をさ、」
「他家との見合いは、申し込んだ瞬間に断られた!
ウチの分家に何名か、好みのコがいたけど!
”息子を婿にやるくらいなら、血縁者全員で出家する”、って抗議されて!
実際に結構な数、出て行ったし!」
「うわぁ・・・」
「私にはもう、パルセム───貴方しかいないのよ」
「成長して《男の子》じゃなくなったら、どうするの?
捨てられるのかな、ボク」
「そんなわけないわ。もしかして今まで、それを心配してたの?」
「だって・・・」
事実上、『家族に金で売られた次男坊』のボクだ。
でもね。
実のところは、捨てちゃってほしいんだ。
たとえ帰る場所が無くても、自由になりたい。
毎晩頑張って、子供を作って。
それでリグレットを満足させて。
さっさと飽きてほしい。
一刻も早く解放されたい、用済みになりたい。
それがボクの、ほんとの気持ちだよ。
「───私が貴方を捨てるなんて、絶対にない」
ぎゅう、っと強い抱擁。
耳元でリグレットが優しく囁く。
「絶対に───貴方は、『成長しない』から」
「・・・え?」
「同好の士ではなくても、私の趣味を理解してくれる『蜘蛛の悪魔』がいてね。
彼女から、《そういう薬》を買ったの」
「・・・え?」
「もうとっくに飲ませてあるから、大丈夫よパルセム!」
夕食の度に、血の滴るステーキ。
お肉は好きだけど、そこに色々混ぜてあるのは、気付いてる。
体が熱くなったり。
元気になったり。
ちょっと触られただけで、変になったりするやつ。
だけど、まさか。
《無味無臭の薬》!?
「ええと・・・ボク、もう大きくなれないの?」
「一部だけ大きくなれば、問題無いのよ!」
一切の抵抗を諦め、頬ずりされるまま。
ボクは、自分の一生が『完全に閉ざされた』ことを悟った。
うん。
ズィーエルハイトさん、全力で応援します。
吸血鬼、全部やっつけてください。
速攻で。




