483話 密談 『結局、どうすりゃいいのさ?』
【密談 『結局、どうすりゃいいのさ?』】
お集まりの連中が、それこそ逃げるようにそそくさと退出した後。
会議場に残されたのは、4名。
「・・・クロウゾルド卿。
お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げたファリアに倣い、隣の僕も同じ姿勢。
「いやいや、謝罪など不要!
見事であったぞ、ファリア嬢!
それでこその《ズィーエルハイト》よ!」
補佐役を従え、拍手でこちらを讃える長身白髭の男。
それは先程の《威圧》で一席飛ばした、ハルバイス家の頭首。
クロウゾルド・ハルバイス卿。
『全吸血鬼死ね死ね主義』の僕らが唯一、味方だと認めている他家だ。
そのトップを『卿呼び』することは、至極当然。
何はなくとも頭を下げるのが、当たり前。
『三家合同侵攻』で滅亡寸前だったズィーエルハイト。
そこをギリギリで救ってくれたのが、卿自らが率いた援軍なのだ。
それも、他家の領地を3つ4つ突っ切って来るという、強行策で。
あれがなきゃ、僕らはアルと一緒に全滅してた。
脚を向けて寝られない、とはこの事だ。
領地から離れる事がなかった先々代頭首と卿に、どうして親交があったのか。
その辺の詳しい事は、ファリアしか知らないけどもさ。
ああ、ちなみに。
ようやく再生が完了したお姫様には今、僕の上着を貸してる。
あられもない格好で卿の前に立つのは、頭首として品が無いからね。
吸血鬼は自分の肉体は治せても、それ以外の物を修復するのは苦手だ。
ドレスも下着も、換えを持って来てはいない。
悪魔みたいに指をパチンと鳴らして元通り、とはいかないんだよ。
「今頃、フェンビックは大混乱だろうな。
とりあえずの頭首を立てるにしても、これからどうするか。
『抜ける』と宣言した以上、そのままという訳にはゆくまい。
《彼等が当てにしていた勢力》を領地に招くか、それとも」
「一族全てで出て行き、直接その勢力下に収まるか」
「どのみち隣り合っている各家は、少しでも領地を削ろうと動くであろうよ」
クロウゾルド卿が顎髭に手をやり、僅かに目を細める。
「───これは、君が言っていた《油絵の吸血鬼》によるものか」
「ええ、おそらくは」
去年の通常会議で、例の件は卿に伝えてある。
《それを操っている存在》についても。
邪法を使ってさえ殺せなかった事まで、全部の全部を。
「あれから、《彼女》の能力を訂正したのでしょう。
あのままだと、本物の吸血鬼には到底敵いませんから。
ただ、問題は・・・どちらに寄せたのか。
『ありふれた嘘』のほうか。
それとも、『真の姿』へか」
「どちらにせよ、その力で幾つかの吸血鬼集団を取り込んだ、と考えるべきだ。
そして、《連合》の外、即ち隣国から腕を伸ばしてきた。
フェンビックの北部は、スロバキアと接している。
操るにはうってつけの駒であったに違いない。
あの男の無能っぷりまで計算に入れていたかは、分からぬが」
死してなおディスられる、ディハールおじさん。
つくづく哀れ。
───あと、一応解説しておくと。
───この『頭首会談』は、《情報操作》。
それなりの内容を話しているものの、《べつに聞かれてもいい話》。
だって、場所が場所だし。
ジャスレイ家が耳をそば立ててること前提の、能動的なリークなんだよね。
将来《油絵の吸血鬼》と闘うのに、僕らだけでは戦力が足らない。
出来るだけ多くを巻き込みたい。
それが味方とは呼べないにせよ、『役者』は多いに越したことはない。
ジャスレイはこの内容を、手を組んでいる他家に流すだろう。
幾つかの不明なキーワードの正体を探るべく、頑張って調査もするだろう。
それが狙いだ。
ディハールおじさんみたいな馬鹿じゃないことを祈るよ、議長。
で。
難しい顔をして話し合ってる頭首達は、その裏側で《心話》を使って協議中。
僕のほうも、ハルバイス家の『分家衆・筆頭』と《秘密のお喋り》だ。
”あのねぇ、さっきのアンタのはやり過ぎでしょ?
勝ったのはまあ、いいとしても。
自分の手の内を晒しまくってたら、いざという時に困るんじゃない?”
”あー、平気、平気!
あれって、敢えてヴィジュアル的に目立つ『毒』を使ったし。
こう見えて、引き出しは多いほうなんだよねー”
”そうやって印象付けておいて、対策にリソースを振らせる、ってことね”
”勿論さ!
その上で、『毒を使わない』のもアリかな。
それこそが僕の、『真の毒』───なんちゃって!”
”はいはい。策士を気取った挙げ句に、一人っきりで溺れないようにね。
・・・それで?
前に話してた『彼女さん』とは、あの後どうなの?”
”いやぁ───どう、とういうか。
相変わらずの掌底&ショートアッパーで、歯を折られてる”
”だーかーらー!もうやめときなさい、って助言したでしょ!
どんだけ性欲が強いの、アンタ?”
目の前のお姉さんは卿の斜め後ろ、微動だにせず控えてるけど。
ハッキリ、バッサリと物申してくださる、《御意見番》気質の姐さんです。
”性欲って言うな!
子供じゃないんだし、『お手々繋いで終わり』とはいかないって!
今の時代、キスくらいしたって全然、合法じゃん!
交際してるんだよ??
普通に許される範囲内じゃん!”
”それを決めるのは、お相手のほうでしょうが。
何でアンタ、そんな精神年齢低いかなー”
”やめてよ、そういう悪意の込もった言い回し!
ヤングなの、僕は!”
”はあぁ、まったくもう!
アンタの気持ちは、はっきりと彼女さんに伝えた?”
”そこはね、ちゃんと話し合ったんだよ。
でも、『そういうコトは、頭首が結婚するまでは駄目』の一点張りでさー”
”それなのにまだ、キス迫ってるわけ?
やっぱり性欲モンスターじゃない、アンタ”
”NO!NO!
キスは、性欲じゃありまセーン!美しき愛情デース!”
”無理矢理に事を運ぼうとするより、大元を何とかしたら?
頭首が一刻も早くゴールインするよう、裏で暗躍するとか。
それでこそ『筆頭』でしょうが”
”・・・ええぇ〜〜〜”
メッチャ嫌だなぁ、それ。
どうして僕が、アルとファリアを焚き付けなきゃいけないの?
こちとら、恋愛経験値は並以下だ。
下手な小細工なんて出来ないよ。
ファリアはもう『待つ』と言った以上、梃子でも動かないだろうし。
アルのほうだって、少しもどうにかなるイメージが湧かない。
どんな策も、《謎の紳士的鈍感力》で粉砕されそう。
あいつは間違い無く、そーゆー奴だ。
───まいったなぁ。
───ズィーエルハイトの未来に、暗雲が立ち込めてるぞ。
そして。
僕のファーストキスも、遥かに遠そうな気配だよ。




