482話 好機 06
「・・・さあ、《連合の非加盟員》が『いなくなった』ところで」
もはや議長さえ口を挟めない会議場。
ファリアの声が殊更に響き、支配する。
「丁度良い機会だし、皆様方に確認しておこうかしら」
僕らの現在位置は、U字形テーブルの左先端。
血の海と化したフェンビックの席の後ろ側。
そこから1つずれて、ファリアが右に歩いた。
───あれま、可哀想に。
マイネスタンの席上は、さっきのが『直撃』だ。
かなり悲惨なことになってるね。
夥しい血糊と、もう何処にも戻れず再生出来ない肉片がブチ撒けられ。
年端もいかない獣狼族の『婿頭首』は、ガタガタと震えてる。
吸血鬼の本気の殺し合いとか、今まで見た事なかったんだろうな。
これこそ、君が脚を踏み入れた世界の実態だよ。
『子作り』なんかより、よっぽどおっかないでしょ?
「マイネスタンに、《連合》から離脱する御予定は?」
「───ッ───!」
俯いていた『婿頭首』の頭が跳ね上がるが、言葉が出せないようだ。
でもね。
だからって勘弁してやれないんだよ、こうなっちゃうとさ。
「聞こえなかったの?
優しく椅子から蹴り落としましょうか?」
獣狼族だろうと他家の、それも頭首にかける慈悲はない。
仮に僕が止めたとしても、ファリアが止まる訳がない。
「───マイネスタンは、離脱しない」
頭首の代わりに、『その伴侶』が答えた。
震えてはいるけど、一抹の憎しみを含んだ声だ。
うんうん、頑張ったねー。
《変態さん》の意地ってやつかい?
そして、次。
「・・・シルミストは?」
「離脱しない」
次。
「・・・ベイジンは?」
「離脱しない」
未だ傷が塞がらず、出血も止まらない姿で、ファリアが歩いてゆく。
カツ、カツと固い靴音を鳴り響かせ。
各家の背後から、《死刑執行人》のように。
───まるで『マフィア映画』。
───それもまさに、山場のシーンだよ。
こういうの、アルもやったり、やられたりしてるんだろうか?
背中越しに脅迫されるプレッシャーは、相当なもんだろうな。
問い掛けの真の意味は、『今ここで、ズィーエルハイトと喧嘩するか?』だ。
その返答が得られるまで、ファリアは何度でも訊ね返す筈。
こんな状況で”抜けます”と言える奴なんて、いやしないさ。
そのつもりがあろうと、なかろうと。
言ってしまえば即、《第二幕》の開演だ。
僕としてはこれ、ファリアの再生が完了するまでの《余興》であってほしい。
勿論、『各家を威圧すること』が主たる目的だけど。
でも本人は多分、”本当に闘り合ってもいい”と思ってる。
だからまだ、気を抜くわけにはいかない。
マリス。
アルディー。
一席飛ばし、イドール。
ノルモンド。
そして。
本来僕らが座っていた席の、《左隣》───
「・・・ガニアは?」
問い掛けと同時。
複数の、息を飲む音が上がった。
こちらの顔が見えている、向かい側の席の奴等から。
これまでと同じ声色、そして口調。
けれど、ファリアの表情は。
溢れ返る憎悪と殺意を微塵も隠さない、臨界点のそれだったからだ。
「───ガニアは、抜けない」
何ら動揺することなく、ガニア家の頭首が悠然と答える。
「・・・抜けずに戦っても、いいのよ?」
真後ろからその肩に掌を置き。
ゆっくりと言い聞かせるように続けるお姫様。
「今、ここで、すぐに」
マジだ。
本当の、超絶本気な挑発だ。
「お断りだな。
その手を離せ、下郎。
いい加減に屋敷へ帰って、臓物臭い獣の匂いを洗い流したいものだよ」
おおっと!
こりゃまた、中々の気概だね。
流石はズィーエルハイト《最大の怨敵》、ガニア。
その頭首を張ってるだけあって、言いやがるなぁ。
おう、上等だよ!
お前も毒をブチ込んだろかい!?
ええッ!?
「あら、それは失礼。
残念ね・・・とっても」
初めて、ファリアが笑顔を見せた。
うん。
一瞬だけ見て、笑ってるのは分かったんだけどね。
むしろそっちのほうが恐いから、しばらくは視線を逸しておくよ。
「・・・では、最後になったけれど。
ジャスレイ家はどうかしら?」
「抜けるわけがない」
議長席からの、吐き捨てるような即答。
まあ、そうだろうね。
それで?
誰も抜けないなら、じゃあ、どうするおつもりで?
「閉会だ───これにて、閉会とする!」
───いよおッし!!
一件落着だ!!
良くやった、ファリア!
良くやったよ、僕!
これで大手を振って、凱旋できる!
やっぱりさぁ。
本家の樽、ちょっとだけ飲ませてもらおうかなぁ?
考えれば考えるほど、《怪しさ満点の血》ではあるんだけどね。
それでも、アレってさ。
正直、今でも忘れられないくらい『美味しかった』んだよね。
僕のとこで溜めてるのより、圧倒的なコクとまろやかさで。
うーーん。
どうしてなんだろうね?




