481話 好機 05
「我等ズィーエルハイトは、いかなる場合も《交渉》をもたない」
抑揚のない、無機質な声で。
だが、静寂を切り付けるようにファリアが言った。
「即ち、休戦、停戦を提示することも、承諾することもなく。
つまり。
これまでに起きた全ての戦いは、今も尚《継続中》よ」
「そ───それは、」
「『全て』と言うが───過去の、どこまでを遡って、」
「言葉の意味が、御理解頂けないのかしら?
”我等がこの地に辿り着いて以降、一つの例外も無く”、よ」
「──────」
「素晴らしい幸運ね。
領地線を越えて遠征する事なく、《憎き敵》の主格を討ち取れるなんて。
『特別会議』を要請してくれた御方に、感謝の念が絶えないわ。
もはや、形が残っていらっしゃらないけれど」
「──────」
血塗れの姿で謳う狂者。
その発言に続く、続けられる者は皆無だ。
僕でさえ一党に身を連ねてなきゃ、こんなのは耐えられない。
直視不可能の、豪炎のような《狂気》だ。
ファリアは、公正で優しい性格で。
正直に言ってしまえば、『甘すぎる吸血鬼』だと思う。
だけど、この立ち振る舞いとて、演技なんかじゃない。
正真正銘、完全な『素』の状態。
ズィーエルハイト本家頭首としての、在るべき姿。
自身が望み、僕らが守らねばならない、『本当のファリア』だ。
そりゃあさ、ちょっと天然な部分もあるよ?
以前、”赤いドレスを好むのは、血が目立たないから?”って訊ねたらさ。
返されたのは、”えっ?”だったよ。
100パーセント、ぽかん、とした驚愕の表情で。
いやいや。
逆にこっちこそ、”えっ?”だよ。
恐いじゃん!
そんな、『考えたこともなかった』みたいな顔されると!
───まあ、それはさておくとして。
”彼の一族を、《気狂い》と呼んでいた時代があった”。
”獣のように礼節を知らず、悪鬼の如き残虐さで多くを殺した”。
そういう事を『昔話』の形で語られ始めたら、僕らはもう『お終い』だ。
さっきファリアが言ったように、ズィーエルハイトの戦いは続いている。
決着なんか、何一つついちゃいない。
求めるべきは現状の、そして未来へ向けての《結果》のみ。
毒殺。
暗殺。
邪法。
『禁じ手』無しの、凶悪な殺戮集団。
カチ合えば必ず、何があろうとも殺し尽くすこと。
見た者の悉くを恐れ慄かせ、”関わりたくない”と思わせること。
僕らはそれこそが、ズィーエルハイト領の安定と維持に繋がると信じている。
その為ならば、どんな卑劣な行いだって恥じはしない。
ガニア、ラグナス、そしてフェンビック。
この『三家合同』に侵攻された、苦々しい過去。
あれから月日が流れ、ラグナスは勝手に滅び、フェンビックは北西へと後退。
けれど、領地こそ隣接しなくなったとはいえ、フェンビックは《怨敵》だ。
それは少しも揺らぐことがない。
今日この場で奴等の頭首とNo2を殺害出来たのは、まさに『大戦果』。
ダグセランにも言ったけど、こういう時は相応な『祝い』が必要だ。
何とかファリアを説き伏せて、本家の樽の御相伴に預かりたいね!
いや。
それはちょっと、危険か。
あの中身───アル曰く《FFC》とかいう、アレだっけ?




