480話 好機 04
奇しくも丁度真向かいだった、フェンビックの席を目指し。
颶風を巻いて飛び込んでゆくファリアの姿。
瞬時に押し倒された頭首を助けようと、咄嗟に補佐役が手を伸ばすが。
勿論それを許すつもりは無く、ナイフを投擲だ。
狙い通り、右背部に深々と突き刺さる。
「ぐあッ」
ついでにそのナイフ目掛け、飛び蹴りをお見舞いだ。
「ごぼぉッ!!」
僕が着地する間に身をよじり、吐血しながらナイフを引き抜く男。
そりゃ吸血鬼といえど、肺が傷付けば呼吸が苦しい。
苦しいから、通常の再生能力に力を足して、一生懸命に治すよね?
───ぶああぁ〜〜か。
『その毒』は、細胞再生で活性化して、余計に巡るんだよ。
平和ボケ野郎。
そら、二本目だ。
今度は『別の毒』だ。
お前の顔、忘れちゃいないぞ。
あの日、よくも鉄柵にブッ刺してくれやがったな?
おまけに火を付けて焼きながら、笑ってくれたよな?
今回は『正々堂々』、一対一だ。
どうした?
あの時みたいに、笑ってみろよ?
緑色に膨れ上がった、その不細工な面でさぁ!!
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べちゃり。
血溜まりの中から、ファリアが身を起こした。
幽鬼のように立ち上がり、びちゃ、と肉片を吐き出して。
ひゅうぅ。
木枯らしに似た呼吸の音。
ゴボゴボと咳き込み、鮮血を溢し。
そしてまた、呼吸音。
「───な───何故、こんな事を」
「会議の場で、狼藉など───許されんぞ」
各所から抗議の声が上がるが、大した力は込もっていない。
そのどれもが、目の前の光景に萎縮し気圧されている。
「・・・別に、問題無いのではなくて?」
紅く染まった口元を、ドレスの袖で無造作に拭うファリア。
「”《連合会議》席上での、戦闘行為を禁ずる”。
けれどそれは、《連合》に所属する者同士の約束でしょう?」
「──────」
「フェンビックは、”抜ける”と宣言した。
だからこれは、違反に当たらないと思うのだけれど?」
「──────」
淡々と述べられた言葉に、誰も反論を返さない。
議場にて堂々と行われた、嵐の如き『殺戮』。
それを止めるでも、加勢するでもなく、ただ見守っていた観客達。
彼等が取れる手段は、事が終わった後でさえ『沈黙』しかない。
じじゅ。
ずる。
ずずず。
微かに聞こえる、肉の蠢く音。
ようやく《再生》が掛かり始めた、ファリアの身体の修復音。
いやぁ、凄い事になっちゃってるよ、お姫様。
僕と比べて、全体的に損傷が激しいな。
特に左半身はゴッソリと肉が削げ、肋骨や内臓が剥き出しだ。
左の眼窩も窪み落ちて、そこにあるべき物が失われた状態。
両手の指の殆どは、逆側に折れ曲がっている。
───僕達ズィーエルハイトは、とても弱い。
───頭首ですら、標準的な吸血鬼より弱い。
ファリアの場合は特に、『腕力』が不足している。
根本的な暴力性能としての『腕っぷし』。
そこに頼れないのは、一戦闘者として致命的な欠陥と言える。
───だから今回、ファリアは《再生》を捨てた。
───《再生能力》を全てカットし、その分を《速度》に割り振った。
圧倒的なスピード、手数に特化した『短期決戦』。
まずは最も再生速度が遅い心臓を、集中的に狙って破壊。
次に、頭蓋をこじ開けて脳を喰い漁り。
それでも本能と反射で攻撃を続ける相手を組み敷き、決して手と口を休めず。
各箇所の《再生基点》を千切り取り、噛み潰しながら、少しずつ『解体』。
防御するより攻撃。
何はなくとも、攻撃に次ぐ攻撃。
まあそれは、『言うは易し』ってやつで。
当然、ボロボロになっての戦闘終了だ。
そういうやり方でさえ、勝てる見込みは三割を切ってたと思うけどね。
そのくらいもあれば、喜んで挑むのがズィーエルハイトだ。
僕だって完勝したとはいえ、綱渡りの一発勝負。
本来の勝利確立は、ギリで四割くらいだったしさ。
”こちら、ダグセラン───『フェンビックの排除』終了”
”よし。損害は?”
”ありませんね。まあ、トライカの奴が重傷なくらいで”
”生きてりゃ勝ちさ。全部丸々、経験値だよ”
”はは、その通り!”
中庭のほうも、ウチの勝利らしい。
なぁに、3対5なんて大した事もない。
数で負けてようが、それを覆すのは当たり前。
不意打ちして殺せないようじゃ、ズィーエルハイトを名乗れないのさ。
重傷だろうと瀕死だろうと、傷は勝手に再生する。
生き残れば、死なずに済む。
昔みたいな『合戦』ならまだしも、休憩出来る戦いなら《無傷》に等しい。
”丁度、こっちも片付いたところだ。
横入りも無く、『真っ当な果たし合い』で”
”そりゃ良かった!
他家の護衛組も、手出しはしてきませんでしたよ。
あいつら、石のように固まっちまって、見てるだけで。
情け無いもんですなぁ”
”再生時間を稼ぎながら、そのまま待機してくれ。
まだこれで終わりじゃないぞ?
観客共がノれば、《第二幕》の可能性がある”
”おっと!そいつぁ、血が滾りますねぇ!”
”だろう?
滾りすぎて、一樽飲み干したいくらいさ。
帰ったら全員で、祝杯でも挙げるか”
”そうこなくっちゃ!
期待してますよ、筆頭!”




