477話 好機 01
【好機】
───午前十時、二十五分。
会場には、セダーとサンダルウッドの混合香が、ふわりと漂い。
けれども、それとは真逆の『居心地悪さ』で、誰もが口を閉ざしていた。
馬蹄型というかU字形の巨大な変形テーブルに、《各家》の代表と、その補佐。
基本的にそれは、『頭首』と『分家衆・筆頭』を意味するんだけどね。
マイネスタンのみ、『婿頭首』と『その伴侶』だ。
見るのはこれが初めてじゃないし、動揺はしないけども。
その獣狼族の《お婿さん》は明らかに、まだ子供だよね?
特殊な性癖?
もしくは、それを見せつけたいっていう、更に特殊な性癖?
まだ午前中だってのに、燭台に火が灯されている。
馬鹿だなぁ。
そういう気取りとか、カッコ付けは止めようよ。
素直にカーテン開けたほうが明るい上、経済的だろ?
陽を浴びたら灰になるとか、『嘘の吸血鬼』じゃあるまいしさぁ。
時間を持て余すと、文句ばかりが込み上げてくる。
───去年、《連合会議》が開催されたばかりなのに。
───またこうして集まらなきゃいけないなんて、うんざりだよ。
なんでも、緊急の《特別会議》だとさ!
今季の議長を務めるジャスレイ家は、不運としか言いようがない。
突発の招集で自分の領地に各家を受け入れるとか、神経が擦り減るだろうね。
ウチだって順番が回ってくれば、議長はやるけども。
他所の吸血鬼を招待するなんて、本当はどこの家もやりたくない筈。
しかも、来るのは代表と補佐だけじゃあない。
会議場には入れないけど、5名までの護衛を連れるのは規則で許されている。
ウチはそれすら揃えられなくて、3名だけどさ。
ファリアと僕という《2大戦力》が離れる分、領地は手薄になる。
『古参を強い順に5名選ぶ』なんて豪勢なやり方、出来やしない。
僕らの居ない間に不測の事態が発生したら、かなりマズい。
残りが総動員であたるにしたって、防衛力も攻撃力も足りない。
あのカールベンすら、『戦力』としてアテにする必要がある。
勿論、お調子者じゃなく、『《ゼライド》カールベン』のほうだけど。
───右横に着席しているファリアの表情を、ちらりと盗み見れば。
───うんうん、完璧な《他所行きモード》だ。
領地を出る時も、そして現在も、大層落ち着いていらっしゃるようで。
流石は頭首だねー。
僕なんか、『さっさと始めてさっさと終われよ、面倒臭い』が顔に出てるはず。
その感情の半分は《作り》だけど、残りの半分は本心だ。
どこの家も、代表はポーカーフェイスが基本。
それは余程の事でもない限り、崩しやしない。
だからこそ、互いが窺い合うのは、補佐役のほうの顔色。
水面下で何が起きているのか、企んでいるのか。
そういう情報を盗む為に、補佐役はチラチラ、ジロジロと観察される。
それを逆手に取り、虚偽を仕掛けることもある。
どこの家も『分家衆・筆頭』なんてのは忙しくて、しんどい。
裏方の、心休まらぬ役回りなのさ。
───だから僕も、こうして不機嫌な顔で頬杖を突いたりしてるわけで。
───それを見せつけながらも『仕事』は、ちゃんと続けている。
”・・・ダグセラン、状況を”
”こちら、ダグセラン───相変わらず、ですかね。
どこのも、どことも目を合わさずに、ピリピリした緊張感を保ってるようで。
おっかないですねぇ、他所様は”
ジャスレイ家の本家屋敷、中庭。
待機中の古参から、リラックスした《心話》が返ってくる。
”会議場のほうも、似たようなもんだ。
ホントは顔を合わせたくないのに、仕方無く一堂に会してるからな”
”何かあった時は、他家より早く合図してくださいよ、筆頭?
それだけが、こっちの『命綱』なんで”
”分かってるってば。
とにかく、警戒だけは怠るなよ?”
”了解!”
ダグセランは古株だし、会議への護衛参加も一度や二度じゃあない。
他の2名はまだ若手だけど、それらにも経験を積ませる必要がある。
何も起きなきゃ『ただの遠足』、空振りだけども。
───ああ、そうさ。
僕もファリアも、油断していない。
会議が無事に終わり、何事も無いほうがいいけれど。
そうなるのが当たり前だとは、少しも思っていない。
それは今回の《特別会議》に限った話じゃなく、いつもだ。
無事に終わらないのを想定するのが、ズィーエルハイトの基本。
僕達は連合内において、最も弱い集団で。
《過去を忘れない吸血鬼》だからな。




