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476話 異種間コミュニケーション Extra 03



カドちゃんが他の枢機卿と会談する時は、必ず連いてゆく。


そして、”美しい”と言われる。

”気品がある”、”淑女だ”と褒められる。


当然よね。

大人しくして、そう思わせるよう振る舞ってるんだから。

本性を知ってるカドちゃんは、微妙な表情(かお)してるけども。


今までにあたしが『お淑やか』にしていなかったのは、一度きり。

《生きてるか死んでるか微妙な奴》が、同じようなネズミを隠してた時だけ。

あれは惜しかったなー。

次に会ったら絶対、仕留めてやるからね!


会談中に同席して合図を送るのは、とても大切な事。

自由にやらせておいたらカドちゃんは、すぐ間違うのよ。

腕に抱かれピッタリ寄り添い、さもリラックスしているふりで『仕事』をする。

じっと見つめたり、毛繕(けづくろ)いしたりの指示で、会談を逐一『修正』する。


あー、”奇蹟の猫”?


それは、『自称:飼い主』が予定より長く生き伸びてるから。

いつまで経っても退場しないから、そう呼ぶのよね?


まあ、正解よ。

《奇蹟》なのは飼い主じゃなくて、あたし。

人間達からすれば、あたしを飼い始めてからカドちゃんに運が付いた。

そういう感じよね。



あたしは別に、カドちゃんの事は好きじゃない。

好きか嫌いかで言うと、そんなに好きじゃないわ。


あたしが一番好きなのは、ピンク色のクッション付きの楕円座(ねどこ)

それから、ゴハン。

綺麗な水。


カドちゃんは単に、居ないと嫌なだけ。


だから、一応その為の努力は惜しまないつもり。



二階の居室から、廊下へ出る。


エレベーターの操作なんて、お手の物だ。

ばしっ、とボタンを押して待ち、開いたら素早く中へ。

再度ジャンプして『5』と書かれた部分を押せば、目的の階へ移動出来る。


五階の、とある一室。

ここはそのままでは入れない。

カメラマイクに向かって話し、内側から開けてもらうのが『正式』なんだけど。

そこまでするとやり過ぎだから、単純にノックする事に決めている。


かりかり。

かりかり。

かりかり。


言っておくけど、爪とぎの代わりじゃないからね?

ドアに多少の傷は付くけども、それくらいはいいでしょ?。



───カチャリ。



ロックが解除され、中へ招かれた。



「やあ。お早う、シルヴィア」



すぐさまその脚に近寄り、頭突きで挨拶。

顔を(こす)り付ける。

尻尾を立て、体全体を巻きつけるようにして親愛の情を示す。


執務机についた男の膝に飛び乗り、上目遣いに見て。



にゃおぉん。

なおう。



───うああ!!


───こんな甘ったるい()きかた、自分でやってて吐きそう!!



カドちゃんにだって、ここまではしないわよ。

いや、むしろあいつには、絶対したくない。

対等な関係を維持するには、ヘタに下出に出ると良くないからね。



一日一回、必ず午前中のうちに、あたしは『この男』に会いに行く。

五階の執務室。

休日なら、三階の私室のほうへ直接。


ネズミ達から集めた情報をフル活用しても、『この男』には敵わない。

どうやっても、操ったカドちゃんでコントロールする事が出来ない。



───リスヴェン・ウォルト。


───毒にまみれた陰険な枢機卿の、頂点に立つ男。


───穏やかに笑う殺人犯、『ダンスホール』の真の支配者。



どれだけ『死』に繋がる要因を避けても、こいつに目を付けられたら終わり。

ネズミ達はこの男に対し、”深入りしたくない”と腰が引けている。

あたしとしても、その思考が全く読めない。

何を企て、誰を利用して切り捨てようとしているか、さっぱり分からない。


だから。

《お伺い》を立てるしかないのだ。

こうやってじゃれつき、媚を売り、反応を見て。


最悪の場合は一日中まとわり付いて甘えてでも、その決定を覆さないと。



「君は本当に律儀な猫だね、シルヴィア」



骨ばった固い指先が、あたしの背を撫でた。

ぞわぞわと怖気が走るが、ここは我慢!

幸せそうに目を細め、満面の笑みを作っておく。



「今日も一日、君の御主人は大丈夫だとも。

うむ───大きく踏み外さない限りはね」



はいはい。

あたしは、とても綺麗で心優しい『シルヴィアちゃん』ですよーだ。



野良猫として生まれ育ち、好き勝手に暴れてきた挙げ句。

何の因果か、色々な心地良さを知ってしまった。

今更もう、路上の暮らしには戻れない。


優しい悪魔が養ってくれる《猫の楽園》が、ウェールズにあるらしいけどね。

そこはオス猫ばかりって聞くから、あたしには無理!

いっそ『宇宙勤務』に志願するかな、と考えたけど、それも駄目。

知り合いがいない、何の未練も無い猫じゃなきゃ、あれは向いてないし。


あたしは結局、カドちゃんをこのままにしておけないから。

ここで頑張る他に道が無さそう。



あーあ。

なんて忙しくて、面倒で、危険極まりないデスゲーム。

世界中探してもこんなに働く猫は、王様以外にいないでしょ?


だから、人間なんて嫌いなのよね。


特に、オス。


枢機卿とかいう、手の掛かるお爺ちゃんは!



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