475話 異種間コミュニケーション Extra 02
───『自称:飼い主』、カルドロス・アンドニア。
カドちゃんは、《枢機卿》だ。
結構偉いらしいけど、馬鹿な男だ。
あたしは、真面目だけが取り柄なやつを偉いとは思わない。
容易く誰かに利用されるなら、利用する側のほうが偉いに決まってるし。
物事を沢山憶えているとかも、大した意味は無い。
偉さとは関係無い。
それなら、埃を被って積まれてる百科事典こそ凄いって事になるでしょ。
カドちゃんは、ここヴァチカンにおける《とある一派》の代表。
でも実際のところは、ただの『生贄』らしい。
前の代表が、色々と失敗をやらかし。
サックリと消された。
そのお陰で発言力が著しく弱まった一派は、間に合わせの『頭』を選出。
しばらくの間、押し寄せる波風に耐える為だけの、手っ取り早い『壁』。
時期がくればすげ替える予定の、明らかな『捨て駒』。
そういう役目を押し付けられ。
ある日突然、矢面に立たされたのがカドちゃんだ。
あたしが見た感じ、その舞台はまるで『殺人ダンスホール』。
不用意に動けば、死ぬ。
話す相手を間違えれば、死ぬ。
大体どうやっても、死ぬ。
それを分かっている連中が、それでも平気な顔して踊る、死の舞台。
狂いっぷりが、半端じゃあない。
カドちゃんも弄れてるほうだけど、役者が全然違う。
あまりにも違いすぎる。
生後3日の子猫を横断歩道に置き去りにするような、無理無茶無謀の三拍子だ。
───何で、ここまでやっちゃうわけ?
───人間って、何が嬉しくてこんな事するのよ?
いくら野良育ちでも、感謝の心はある。
あたしが出て行った後、すぐにその恩人が死ぬとか冗談じゃないわ。
どうにかして、当面の危機だけでも回避させなきゃ!
そう思ったけれど。
悲しいかな、カドちゃんはただの人間だ。
当然ながら猫の言葉が、まるきり分からない。
アドバイスしようにも、直接の手段が無い。
『ドアを開けろ』『今は構わないで』とかは、雰囲気で伝わるからいいけども。
『誰と会え』『何を話せ』は、確実に意思疎通しないと駄目で。
これに関してあたしが出来る事といえば、もう。
啼く。
叩く。
蹴る。
引っ掻く。
噛む。
まあ、殆ど全部が『暴力的手段』よね。
幸いな事にカドちゃんは、重度の《メモ魔》だった。
常日頃から、些細な予定や思い付きを手帳に書き留める。
特に就寝前は、明日やるべき事をリストアップし、みっちりと記す癖があった。
そうだ、これを使わない手は無い!
あたしは、どんなに気分が乗らない時でも、就寝前の一時だけは付き合った。
机に手帳を広げたカドちゃんの左腕側に寝そべり、『教育的指導』を行った。
啼けば、その一行は『おおむね良し』。
叩けば、それ自体が『不要』。
蹴ったら、『まだ足りない行動がある』。
引っ掻くのは、『相手の選出が間違っている』。
噛み付くと、『とるべき行動を変更しろ』。
他にも幾つかあるけど、大まかにはこんな感じかな。
勿論、袖の上からの『指導』よ?
それでも加減は得意じゃないから、時々流血するけども。
カドちゃんは馬鹿なわりに、記憶力はいいほう。
しつこく繰り返していたら、あたしの動きの法則性に気付いてくれた。
いや、これさえスルーされてたら、諦めて出て行ったかもね。
”あたしがこうしたら、こういう具合に予定の記述を変更するべき”。
それを信じさせ、正確な規則を手帳に書かせるまでに5日も掛かった。
『最短死亡日』目前。
ギリギリの、奇跡的回避だった。
───そして、次は。
───《情報収集》に関しての大改革だ。
此処、ヴァチカン法王庁において。
カドちゃんのような枢機卿は、他に7人いる。
そいつらは毎日毎日、悪巧みして、密約を結んで、脚を引っ張り合って。
『ダンスホール』から誰かを追放───消してゆく。
その誰かがカドちゃんにならないよう、あたしが頑張る必要があるんだけど。
凄い速さで変わってゆく最新情報を、あたしだけでは回収出来ない。
どうしたって、この体は一つしかないし。
かといって、致命的となる情報を見過ごしたら、一発で終わってしまう。
あたしじゃなく、『自称:飼い主』様が。
───だから、ネズミを使うことにした。
法王庁の建物には、まあまあ賢いネズミ達が住んでいる。
わざと職員食堂から離して巣を作り。
袋や発泡スチロールの梱包を囓らない。
積まれた食品に直接手出しはしない。
狙うのは生ゴミ、もしくはそれが入ったゴミ箱のみ。
真夜中、枢機卿個室の天井では決して走らない。
新しい世代が育つと、古いほうが建物を出て他所へ移る。
そういう事を徹底し、長期に渡って暮らしてる、したたかな連中。
あたしは、そのネズミ達と交渉した。
どこかで出くわしても、お前達を追い掛けたり攻撃しないと約束する。
何だったら、困った時はあたしのゴハンを少しくらい分けてやってもいい。
その代わりに、枢機卿達の情報を集めてこい、と。




