473話 異種間コミュニケーション 08
「『極上』だ。
小さな頃から、しっかり歩いて、しっかり走ってる『最高の脚』だ。
ジムとやらで作ったのじゃない、とても自然な『宝物』だな!」
「ええ、と───うん───」
いやいや、恥ずかしがるなよ。
隠さなくっていいから。
ショートパンツから伸びるその太腿は、自慢に値する『逸品』だぞ?
「本当に『いざ』って時、それが頼りになる。
事前の準備とか、普段の心構えってのも大切だけどさ。
それさえ吹き飛ぶようなとんでもない事が、起きちまった時。
車もバイクもガス欠だ、動かねぇ、ってなった時に。
最後の最後でモノを言うのは、自分自身の《移動力》だよ。
あとは・・・登山とか、キャンプとか。
そういう経験や知識もあるかい?」
「そうね。他の人達と比べたら、かなり多いと思う。
田舎だし、そういうのが娯楽の一部でもあるから。
家族みんな、アウトドア派よ」
「おう、そりゃいいぜ!
アレだ。
映画みたく、ある日突然ゾンビの群れが世界に溢れてもさ。
ビエラちゃんと御家族は、生き残れる確立が高いな!」
「あはは!」
「そんで、アスランザも同じさ。
こんな大型犬を飼うくらいだから、実家の庭は広いんだろ?
それに、もっと広い場所で存分に走らせてもいるよな?
デカいワンコにここまで筋肉を作って維持させるのは、並大抵じゃないぜ」
「走っている時のこの子はね、とても綺麗なの。
喜んでくれるし、それを見る私達も嬉しくって」
「お互いに幸せなことだよ。
いい出会い、いい運命なのさ」
「有難う!」
「・・・だから、もうちょっとだけ、手を伸ばしてみちゃどうかな」
「『手を伸ばす』??」
「ああ。
俺は、こいつから直接、どうして捨てられたのかを聞いたぜ?」
「──────」
”──────”
「人間を信じられないのも、信じたくないのも当たり前さ。
アスランザは確かに、賢いぜ。
賢いから、今更俺みたいな馬鹿にゃなれないし、忘れたフリもできねぇよ。
けどな。
こいつはまだ、『人間のほとんど』を知らないんだ。
そして、知らずに決めるのと、知った上で決めるのじゃ大違いだ。
世界中の人間を知る必要は無いにしたってさ。
もう少しだけ、家族以外の『誰か』に会わせてやってほしいな。
10人か、20人か。
それくらいでいいんじゃねぇかな。
ビエラちゃんが側に居て、そういう出会いを見守ってほしい。
勿論、最後の判断は、こいつが下す。
そこにケチを付けようたぁ、俺も思わねぇよ」
「──────」
”──────”
考え込む、御主人様。
俺を睨み、イライラと尻尾を地面に叩きつけるボルゾイ。
「───そう、ね。
アスランザには、ちゃんと走って、ちゃんと選ばせてあげたい」
「おう」
「家族なんだから、やれる事は全部、やってあげたい。
もっともっと、幸せになってほしい」
「悪ぃな、初対面でズケズケと言っちまってよ」
「ううん、とても大切な事だもの!」
「だが、その前に・・・《一人暮らし》の件についての、話し合いだな。
こいつ、少しも納得してねぇからさ」
「そうね───まずは、それからよね───」
ヴォウ!!
ヴォウオウッ!!
腹の底から揺すり上げるような、抗議の声が響く。
「今のやつ、何て言ったか分かるかい?」
「えっ?その、ええ───と───」
「遠慮しなくていいぜ?」
「───『敵の言う事を聞くな』、みたいな」
「お見事!
正確には、『狼のホラ話に耳を傾けてはならないぞ!』だ」
「え───狼??
この子、貴方のことを狼だって言ってるの??」
「そうだぜ。
俺は人間に化けた、躾のなってない《狼》なのさ。
あ〜〜あ!
せっかく仲良くなれそうだったのにバレて、嫌われちまったかなー!」
「ふふっ!それ自分で言っちゃったら、駄目なんじゃない?」
どうやらウケが良かったらしく。
ビエラちゃんは、向日葵みたいな笑顔で笑ってくれたよ。
多分、冗談だと思ってるんだろうけども。
面白けりゃまあ、それでいいよな!
うん!
そして、御両親が車を飛ばして迎えに来るまでの間。
俺は『自慢の脚』を見せびらかすべく、アスランザと遊ぶことにした。
ちょっとした『追い掛け遊び』だ。
当然、追われる役が俺で。
始まってすぐに、それは『遊び』の域を飛び越しやがった。
そこまでだとは、思いもよらなかった。
───ヤッベぇわ、ボルゾイ。
───《狼狩り》は伊達じゃねぇわ。
この裏通り最強の、カールベン様がよぉ。
いくら『人間形態』で、ビエラちゃんが怖がらない程度に抑えたっつっても。
危うく降参しかけたよ。
汗ダラダラ、息も絶え絶えのフラフラだよ!
金輪際、こんなのと関わりたくねぇぞ。
お前がいる限り、『赤ずきんちゃん』は安心安全だ。
末永くお幸せになりやがれ。
こんちくしょう!




