471話 異種間コミュニケーション 06
───最悪の衝突事故を想像し、硬直する俺。
だが、その女性の動きは、予想を遥かに超えていた。
「わあっ!?」
驚きの声を上げつつも、咄嗟に片足を引き、半身になり。
全力で突き倒さんばかりのボルゾイの両前脚を、素早くキャッチ。
大きく体を傾けつつ、ぐるり、と左回転。
回る。
回る。
まだ回る。
砲丸投げかよ、ってくらいに回転しながら突撃の勢いを殺し。
尚も興奮状態の相手の膂力を、落ち着くまで上手くあしらい、宥める。
完全に、大型犬の『いなしかた』を心得ているやり方だ。
「アスランザ!!やっぱり、来てたの!?」
多分20代くらいの女性がボルゾイの細長い顔を、わしわしと擦って言う。
擦られたほうは全身で喜びと親愛を表現し、舞い上がらんばかりだ。
”御主人!!───怖かったか!?寂しかったか!?
もう大丈夫だ、アスランザが来たぞ!!”
「ああ、ええと・・・うん。
私は大丈夫なんだけどね?お前のほうが、ちょっと・・・ね?」
幸せそうに鼻を鳴らす巨体を抱き締め、苦笑が返されたが。
あれ?
今のって、何となく互いの言葉が通じてんのか?
あの娘、犬族と会話出来るのか??
ああ、いや。
それはともかくとして。
「・・・ようよう、ちょっといいかい、お嬢ちゃん?
感動の再会を邪魔して悪いが、話があんだけどさ」
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人目を避ける為、裏通りまで引き返すこと、約10分。
タバコ屋の横の公園に入り、ベンチに腰掛ける。
ただし、ここは普通の公園ではない。
《避難所》だ。
遊具も噴水も無いが、なんか難しい方法で本来の面積より広くしてんだとさ。
もしもの時に『人間以外』が身を隠せる、緊急避難先。
人間にゃ見えないし、相当に仲の良い奴でも此処の存在は教えられない。
今回は、俺の判断で《特別認証》ってのをして、彼女とアスランザを通した。
何せ俺は、裏街の《仕切り役》だからな。
そういう事がやれる権限をファリアちゃんからもらってる、《凄い狼》なのだ。
───ドッグフードの徳用袋に顔を突っ込み、ガシャガシャと喰らうボルゾイ。
顔馴染みがやってる食料雑貨店で買ったが、きっと誤解されただろうな。
『食うに困ってるからって、そりゃねーだろ』って目をしてたぞ、あの野郎。
いくら金欠でも、ドッグフードは食わねぇよ、阿呆。
本当にいざという時には、試すかもしれないけどさ。
「ごめんなさいね、カールベンさん。
この子のご飯や、お水までお世話になっちゃって」
「あー、そんなの構わねぇぜ。
見たところ、大学生か社会人一年目ってカンジだし。
人生の先輩面して奢るとか、やってみたかったのよ、いっぺん!」
「あはは!じゃあ、ありがとね《先輩》!」
”──────”
御主人様が逆さにしたミネラルウォーターのボトルを、がっぷりと咥え。
喉を鳴らして飲みながらも、大型犬の目付きは鋭い。
『おのれ、貴様に借りを作るとは!』、とでも言いたげだ。
こっちだって、別に貸したつもりはねぇぞ。
あちこちポケット引っ繰り返して、有り金全部はたいたけどさ。
金なんてのはどのみち、いつの間にか煙みたく消えちまうモンだからな。
見付けた時には、あれこれ悩まず使ってしまったほうがいい。
山を越えて走って来たんだろ、お前?
腹が減ってイライラされんのも迷惑だからな。
「───元々は、地元のカレッジに通っていたの。
でも、去年の秋からキャンパスが、こっちに移転しちゃって」
「それで、一人暮らしか」
「うん。それでも、アスランザに会いたいし。
月に一回は、実家に戻っていたのよ?
まさか、脱走するなんて思わなかったわ」
”脱走ではないぞ、御主人!捜索だぞ!”
「そうだな、大脱走だな」
「昨夜遅くに、『アスランザがいなくなった』ってお父さんから電話があって。
私も探しに実家へ戻ろうかと思ったんだけど。
どうしてか、この街に来てるんじゃないかな、って予感がして」
”流石は、御主人だ。よく分かっているな!”
「そういう時の『もしかして』は、当たるんだよなぁ。良くも悪くも」
得意顔のボルゾイを無視し、わざと溜息をついてみせる俺。
本当にそうよね、と御主人様───ビエラちゃんも頷く。
おい、分かったか、ワンコ。
お前、ちっとは反省しろよな?
「こいつって、この街に連れて来たことがあったのか?」
「部屋探しの時に、一度だけね。
車で走った道を憶えていたのかな?」
「だろうな。それプラス、執念つーか。
迷子を探さなきゃっていう、使命感つーか」
「ああーー」
がっくりと肩を落とし、両手で頭を抱える御主人様。
「───やっぱり私、『迷子扱い』だったのね」
「もしくは、『脱走者』だな。
こいつからすりゃ、ビエラちゃんのほうがよっぽど」
”黙れ、狼め!
御主人を虐めるのは許さんぞ!
幼い内は、うっかり遠くまで出て帰れなくなることもあるのだ!”
おまけに、『子供扱い』か。
フォローになってねぇよ。
もう20歳を迎えてる娘に、それは失礼ってもんだぞ?




