469話 異種間コミュニケーション 04
”───失せろ、狼”
ふっ、ふっ、と荒く短い息を吐きつつ。
そいつは言った。
”退け”
「・・・いや、ここは通さねーよ」
答えた瞬間、ヤツの口がバクリ、と裂けるように開かれた。
その内側は、血のように赤く。
同じ色をした両眼が即座に敵意を灯して、俺を睨み付ける。
”ほう。中々の度胸だな、狼”
「・・・・・・」
有難うよ、褒めてくれて。
そりゃもう、こっちは勇気を振り絞ってるからな!
そう言いたかったが、言葉にならない。
完全に気圧されている。
───ボルゾイだ。
───《狼狩り》の、ボルゾイ。
いやいや。
ただの犬、と言うなかれ!
呆れるほどデカく、そのへんのワンコとは迫力と危険度が違う。
中身ってゆうか、内包してる本質みたいなのが段違いだ。
別格すぎる。
白いダブルコートの毛並みに、目尻から耳の後ろまでが黒。
冷酷な眼で俺を値踏みしてるが、少しもこちらを恐れていない。
狼である俺を脅威ではなく、獲物だとしか捉えていない。
ネットの動画で見た事はあるけど、実際に出くわすのは初めてだ。
まさか、こんなにヤバいとは思ってなかったぜ。
ただの狼じゃなく獣狼族だから勝てるとか、そういう事じゃない。
純粋に、こんなのとやり合いたくねぇよ。
マジで。
「・・・お前、何でこんな所をウロついてんだ。迷子か?」
見たところ、脚が汚れているものの、毛艶は見事の一言。
首輪だってしてるし、野良じゃないのは明白だ。
お前みたいな野良がいてたまるか!、ってやつだ。
”───『お前』ではない。我が名は、アスランザ”
ブン、と首を振り。
笑ってんのか怒ってんのか分からない表情で、ボルゾイが言う。
”アスランザは、迷ってなどいない。そして、仔犬でもない。
つまり、迷子ではない”
「・・・・・・」
”迷子なのは、我が御主人である”
うへぇ。
言い切りやがった!
こりゃ駄目だ。
話が通じるようで通じない、凄く厄介なタイプだ。
しかし、こいつを放っておくことはできない。
早朝の今でこそ、辺りにいるのは死んだように眠りこけてる酔っ払いだけだが。
もう少し経てば、流石に裏通りでも誰かが歩く。
ていうか、『人間以外』はともかく、『人間達』が騒ぎ出す。
こんな大型犬が飼い主に連れられずに歩いてたら、即通報だよ。
一発アウトだろ。
「その御主人と逸れたのは、何処でだ?
あと、家の場所は?」
”───どちらも、向こうだ”
尊大な仕草で顎を反らし、斜め後ろを振り返るボルゾイ。
”向こうの───あの山を2つ越えた所だ”
「・・・それ、脱走じゃねぇの?」
”脱走ではない。アスランザは今、捜索中である”
脱走だよ、間違い無く。
お前、首輪から鎖がぶら下がってんじゃん。
それも、途中から引き千切れてんじゃん。
「とにかくさ。ちょっと場所を変えようぜ。
このままだと色々、大変な事になっちまうからさ」
”無礼者め。
アスランザに命令して良いのは、御主人とその家族だけである”
ちょっ!!
おっかないから、牙を剥くのはやめろって!!
”人間のふりをした狼よ。お前の魂胆など、お見通しだぞ”
「ああ??何だ、魂胆って」
”そうやって人間に化けておき、油断させ。
見舞いに来たら、食べるつもりだろう───アカズキンチャンを”
「どういう知識だ、それ!?」
”アスランザは、狼のことをよく知っている。
狼は人間の女を、家に送ってやるとそそのかして襲う。
つまり、お前はそういうやつだ”
「やめろッ!
狼の事も俺の事も、悪く言うなッ!」
”言われたくなければ、さっさと失せるがいい”
だーかーらー!
そういうわけにゃ、いかねぇってのよ!




