468話 異種間コミュニケーション 03
・
・
・
・
・
・
・
「そいじゃ、またー!お疲れぇい!」
外へ出て、後ろ手にドアを閉める。
あ。
閉まり切る直前、主人がなんか、喚いてる声が聞こえたが。
いつもの事なんで、特に気にしない。
どうせまた今夜、顔を合わせるんだからさ。
大事な用件なら、その時に言うだろうし。
「ふいーーー。飲んだ、飲んだ!」
欠伸一発、それから両手を空へ向け、ぐぐっ、と伸びをする。
”夜が明けるまで酒を飲んでました”と言えば、世間じゃロクデナシ扱いだろう。
けれど、これはこれで結構大変なのだ。
1人、また1人と帰宅してゆく中、最後の最後まで居座って飲みまくる。
それも、ツケで。
たっぷり積み上がったツケの山に、更に重ねる形で。
そして最終的に、”店仕舞いだ、出て行け!”と追い出される。
生半可な精神力や話術じゃあ、無理だね。
加えて、愛嬌のあるキャラクターってのも、要求されるわけで。
そういうのを全て満たし。
頑張りに頑張った結果の、All Nightだ。
うん。
今回もまた、充実感たっぷりだぜ!
───季節は初夏。
───暑くなるのはまあ、午後からだ。
日の出直後の裏通りは、湿っているものの、やや肌寒いような風が吹いている。
それがまた、アルコールの入った体に心地良い。
俺は、こういう暮らしがいたく気に入ってる。
こんなのが、いいんだよ。
他所の街とか知らないから、比較する必要も無いしさ。
『この街』は人間が作ったもので、人間の為にある。
俺のような《人間じゃない奴等》は、そこにちょっと間借りしてる状態で。
具体的には、裏通り界隈だな。
大抵の人間は、その事に気付いちゃいないが。
中には、何となく勘付いてて『こっち側』には入らないようにしてるのもいる。
そうかと思えば、知ってて平気で遊びに来るのもいるし。
こっちのほうがいいぜ、と裏通りに住んじまうのまでいる始末。
───これに対し、俺達のほうも様々だ。
絶対に正体がバレないように、と息を潜めて暮らす奴。
ようやく安住の地を見付けた、と一切気兼ねせず楽しもうとする奴。
人間と結婚して、家庭を持った奴もいる。
友達になった人間が先に死に、やっぱり人間とは暮らせない、と出てゆく奴も。
───俺だって、最初は上手くいかなかったさ。
故郷じゃ『爪弾き』で、『邪魔者扱い』だった俺だ。
そこで学んだのは、”誰も信じられない”って事だけだ。
そりゃあ、助けてくれたファリアちゃんだけは、信じられたさ。
けども、他は全部駄目だった。
目に入る奴全員、人間も人間以外も駄目だった。
あの頃の俺は、そうだな───例えば、店でパンを買うだろ?
誰もいない場所を探して、そこに座り込んで。
包みを開き、中身を手に持つまではいいけども。
それを本当に食っていいのかが、分からない。
”毒は入ってない”、と信じる事が出来ない。
隣に住んでる奴も、信じられない。
そいつは、真夜中に襲い掛かってくるかもしれない。
そうならない、っていう保証がどこにもない。
街の中で生活するなら、最低限は何かを『信じる』必要があるのに。
俺はそれを、どうやって決めていいか分からない。
『信じられない』と『信じてもいい』を、どうやって見分けるのか分からない。
───結局のところ。
───俺は、開き直ったんだよなぁ。
『上手く生きる為に』とか、『損得を考えて』とかも、スッパリやめた。
どうせ、そういうのが得意じゃないのが、俺なんだし。
だったら、もういっそ”笑われよう”と。
全員、全部を片っ端から『信じてやろう』と。
その挙げ句に、”アイツ、大馬鹿だぜ!”って笑われても構わない。
元々が馬鹿なんだから、偉いフリしたってボロが出るだけだ。
そのまんま、馬鹿のまんまでいこう。
この街で『いっとうの馬鹿』になってやろう。
騙されたっていいや。
俺が誰かを騙さなきゃいいんだ。
笑われたっていいや。
そいつと一緒になって、俺も笑えばいいんだ。
───そうやって肩の力を抜き、ただの『自然体の俺』でやってたら。
少しして、友達ができた。
人間にも、人間以外にも。
俺が知らない事を教えてくれたり、助けてくれるやつが現れた。
そういうのと遊んでたら、そいつの知り合いとも仲良くなった。
”カールベン、お前はホント馬鹿だけど、憎めねぇ奴だな”。
ああ。
嬉しいじゃねぇかよ、そんな言葉が。
俺の事を見てくれてる。
俺を信じてくれてる。
”馬鹿で良かったよな”、って。
心底そう思えるんだよ。
いつの間にか、裏通りの《纏め役》になっちまったけどさ。
それは、ファリアちゃんの期待通りだったのか、そうじゃないのか。
でも、これは俺の《仕事》だ。
俺にうってつけの《仕事》なのさ。
ある日、フラリとこの街へやって来たのが、昔の俺みたいな奴だったとして。
俺なら、その気持ちを分かってやれる。
肩を叩き、”難しい事を考えるのはやめだ、楽しもうぜ”、と言ってやれる。
そいつが俺より馬鹿なら、《纏め役》を譲ってもいいかもな。
そのうち俺は、ファリアちゃんと結婚するからさ。
そうなると色々忙しくて、こっちには手が回らなくなるだろうし。
子供なんかデキちゃったら、そりゃもう大変だよ。
この俺が、父親になるんだぜ?
いや〜〜、まいったな〜〜、おい!!
生まれた子は俺とファリアちゃん、どっちに似るのかね〜〜!
明るく面白楽しい未来を想像しつつ、家路を辿っていたら。
───突如、《嗅覚》に反応するモノがあった。
───にわかには信じ難い姿を、見付けてしまった。
(ちょっ・・・ちょっと待て!!)
(嘘だろ、これ!?)
この街の噂を聞き付け、色んなのが入って来ることはある。
明らかにタチが悪そうなのを追い返したことだって、何度もあるが。
そんな俺でさえ、脚が震えた。
一瞬だが、回れ右して逃げ出そうかと思ってしまった。
薄く朝靄のかかる、裏通りの道。
そのド真ん中を向こうから歩いてくる、とんでもないヤツ。
(《こんなの》が来るなんて、初めてだぞ!?)
ヤバい。
俺、夢でも見てんのか??
ちょっと飲み過ぎたか??




