463話 流出 01
【流出】
湿った土の上の《印》を踏み。
軽い酩酊感と共にその『領域』へと転送されて、すぐ。
「寒い」だの「陰気」だのという、当たり前の感想を抱くよりも先。
咄嗟に言葉が出たのは、正に奇蹟だ。
「あの・・・初めまし、て」
「ええ。初めまして」
予想外の『先客』は、女性だった。
清潔感のある白のブラウスに、青いスカート。
なんか、ハイスクールの学生さんみたいな娘だ。
「・・・・・・」
「それでは、お先に失礼しますね」
「え、あ、ハイ」
大して見とれている暇もなく、軽い会釈の後に掠れて消えてゆく姿。
多分、丁度用が終わったタイミングだったんだろう。
きっと、そうさ。
嫌われて逃げられたんじゃない、と信じたいな。
まあね。
どうにも女性に受けが悪い僕だ。
正直、まったく縁が無いし、無いからそういう経験値が貯まらない。
いつまで経っても苦手なままだ。
今のなんて、よくやったほうだよ。
自慢じゃないが、面と向かって会話するなんて200年ぶりくらいだぞ?
こっちから挨拶出来て、おまけに返答があったとかもう、凄い事だろ?
いやホント、シャンパンでも開けて祝いたいほどさ。
ははは。
これは、高難易度な状況下においての『大成果』と言っていいぞ!
何せ、とびきり場所が悪いのだ。
寒くて、陰気で。
見渡す限り死体しか置かれていない、《死体保管庫》での邂逅なのだ。
どんなイケメンでも、此処で口説くのは不可能だよ。
僕はイケメンじゃないから、これくらいが限界だよ!
けれどまあ、それにしても。
───やっぱり、『いた』かぁ。
前々から、どうにも《他の買い手》と被ってる予感はしてたけど。
鉢合わせないよう、上手い具合に『奴』が調整してるのかと思いきや。
単なる偶然だったのかな?
高揚のあまり、まだ昂ぶったままの鼓動。
ここは一つ、落ち着く為に深呼吸だ。
ふううぅ───ふううぅ。
白い息が、ドライアイスの煙みたく周囲に流れてゆく。
大丈夫だ。
もう、この場に女性はいない。
これからまた200年、出会いなんてなさそうだしね。
「なあ、最初に聞いておくけど。
今回は、幾つ持って帰っていいんだ?」
”そうだな───まあ───4つか”
「はあぁ!?」
驚愕というか、頭にきてつい、大声を出した。
「おい、ふざけるなよ?
結構渡しただろ!金のインゴットだぞ、金の!」
”含有率が低い上に、形状が歪んでいる。
鋳造技術が稚拙で、表面も滑らかではない。
こんな粗悪品、どこから手に入れた?”
《保管庫》全体に反響する、やや不機嫌な『奴』の声。
一々、細かい事を気にしやがって。
ガラス玉だろうと、アルミホイルだろうと受け取れよ。
キラキラ光ってりゃ喜ぶ、カラスみたいにさ。
「海底の沈没船だよ。引き上げに苦労したんだ。
『歴史的価値』ってのも、加味してくれよな」
”装飾品ならともかく、ただの金塊にそんなものは付かぬわ。
不満ならば、取引は中止とするか?”
「・・・・・・」
腹立つなぁ、こいつ。
装飾品も、あるにはあったさ。
けど、そっちはオークションに流す予定なんだよ。
向こう何十年かの、生活費が必要だし。
ルーベルが結婚でもした日には、ある程度纏まった額を渡してやりたいし。
『書き物』での稼ぎがゼロなんだから、仕方無いんだよ。
ケチケチすんなっての。
もう、あれだ。
昔描いた絵でも売っ払うか?
いや、駄目だな。
売れなかったから、残ってるんだもんな。
それでも、時代が変わって今、あの画風が突如としてブームに!、とかは?
ああ───売ったのがバレたら───ルーベルが悲しむか。
「頼むから、6つにしてくれ。
6つあれば、何とかギリギリ足りるからさ」
”では、5つだな”
「待て待て!そこを何とか、もう一声!」
”お前が『6つ必要』と言うならば、本当は5つで足りるのだろう?”
「・・・ふっ・・・わかったよ、それでいい」
にやり、と笑ってみせる。
純度100パーセントの強がりで。
ちくしょう、腐れ『墓守』め。
正真正銘、何が何でも6つ要るんだっての。
だけど、そんなさぁ!
さも『理解してるぞ』みたいに返されるとさぁ!
ノッておきたくなるだろう、カッコいい感じに!
どうしようもなく、こいつとは相性が悪い。
まるで、水と油だ。
二日酔いにベジマイトくらい、合いやしない。
まったく。
大昔に女性が苦手になったのも、こいつのせいだしな!




