462話 投げるべし 06
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(さてさて───思い悩んでいるようだがねぇ)
ヴァレスト一派の、一番槍こと。
『夜馬乗り』のクライバルは、胸中でほくそ笑んだ。
(実のところ君がどうなるかは、ほぼ決定しているのだよ、ロバート君)
何も知らぬ国民から、どれだけ『お飾りだ』と思われようと。
本人さえ、どうすべきかが見えずに迷っていようと。
『岩を投げる』なんて考えてわざわざ運んできた時点で、もう決まりだ。
それは絶対に、《騎士道の騎士》ではない。
《騎士団》に所属する彼等は、基本的に良家の子息だ。
決して死んではならぬ、鉄鎧に守られた雛鳥だ。
各々の家から《騎士団》へ届く『心付け』が、領地の財政を潤し。
半年から1年を無事に過ごせれば、代わりにたっぷりと箔が付くという仕組み。
───先触れを出して、《騎士団》が行く。
先程は、そう語ったが。
あれは嘘ではないものの、真実とも言い難い。
《騎士団》の実態など、まやかしだ。
見てくれだけの、玩具の兵隊だ。
先触れを向かわせる時点で、すでに戦場においての勝敗は着いている。
敵軍の状態が壊滅寸前か、敗走寸前かでのみ、《騎士団》の御登場。
そして華麗に美味しいところだけを頂くという、子供騙しの筋書きなのだ。
そういった連中は、何を見ようが体験しようが、気にもとめない。
怪我せず郷里へ戻る事しか、頭の中にない。
───竜とやりあったのを切っ掛けに、『岩を投げる』?
───そんなのは、大うつけで、蛮勇の、弄れた『ならず者』くらいだ。
ろくでなしの、《本物の騎士》だけだ。
御前試合で投げに投げ、暴れに暴れて。
騎士の称号を剥奪されたら、彼はどうなるか。
どうもこうもない。
勝手に《騎士》を自称し、旅に出ればよい。
そして、仕えるべき者を探せばいい。
まさに、本来の意味での遊歴。
それもまた、《騎士》の形の一つなのだ。
(いやはや、若い───若くて、青臭いねぇ)
この青年に比べ、自分は老獪だ。
経験の差というものもあるが、彼よりずっと『悪』だ。
とても《悪い騎士》なのだ。
しかも、未だに『丸く』なっていない。
領主を見限り、遊歴の身となって彷徨っていた自分を迎え入れた黒竜。
彼は、かっこ付けの甘ちゃんだ。
能天気で、いい加減で、ボスとしては色々と問題があるのだが。
『やる』と決めたら、とことんやり抜くしぶとさだけは持ち合わせていて。
最近でこそ落ち着いているものの、一派が駆け出しの頃は流血の日々だった。
評議会に飼われた奴等と、昼夜を問わず戦って傷だらけだった。
何の稼ぎにもならぬ事に、命を賭す。
何倍、何十倍の数を相手に、真っ向から挑んで鼻っ柱を折り、ブチのめす。
それは、稼げるからこそ非道も行う『ならず者』の生き方とは異なる。
異なるが、何故か自分の性にぴったりと合った。
一派の面々がまた、凄まじい。
ボルコー。
バネロス。
ジリィに、ガストム。
どいつもこいつも、悪名轟く『暴れ者』だ。
ボルコーなんて、殺し殺される寸前までやりあった仲だ。
そういう連中全部をボスは、ぐい、と懐に呑む。
呑んだら即、同じテーブルで同じ飯を食う。
後ろ盾も旗印も無い少数集団だが、そんな事ぐらいが妙に嬉しい。
おっかなびっくり、当てにしながらも切り捨てたがる領主共とは大違い。
”どこの者か”と訊かれ、”ヴァレスト一派だ”と返す時の、あの心地良さよ!
───自分は、《騎士》である。
───それも、とびきり《悪い騎士》である。
真正面から突撃して力一杯突き刺し、叩きのめすのが大好きで。
そう思わせておきながら、闇討ち、暗殺もお手の物という嫌らしさ。
その辺りの『後ろ暗い部分』は、専ら秘書殿と自分の範疇だ。
ボスは知らなくていいし、知られぬよう立ち振舞うのも仕事の内。
そうやってこれまで、何名もの位階持ちを消してきた。
秘書殿の懐刀達も、『中々の切れ味』だ。
目の前の青年に、そういうのをやれとは言わぬ。
『おそらく何かの血が混じっていた』祖先のように、岩を投げろとも言わぬ。
しかし、人間であるならば、人間くらいは投げても良かろう。
いや、投げるべきだろう。
いずれまた、我等が一派が激闘に身を置く日は来る。
必ずや、やって来る。
それと同じで、青年もいつか、竜との決闘に匹敵する程の困難と出会うだろう。
そいつに、 竜殺しの槍が通じなかった時。
その時こそ、武器も鎧も関係無しの、《騎士本来の力》が問われるのだ。
───若き《騎士》よ、いざゆけ!
───たちまち、須らく、見事に投げてみせよ!
クライバルはジョッキを傾け、8杯目を豪快に飲み干した。
ああ。
そろそろ、あれだ。
(酒のつまみが欲しいところだねぇ)
酒場でもないのに、次々とエールが提供されるのだから。
頼めば腸詰めと野菜の酢漬けくらいは、出してくれるのでは───




