459話 投げるべし 03
「それで───『騎士とは何か』、だが。
まずはだね。
君は、何故《騎士道》というものがあると思う?」
3杯目のエール、じゃなくて、ビールの入ったジョッキを揺らし。
クライバルと名乗った男が尋ねる。
「《騎士道》って・・・その。忠誠を尽くすとか、弱き者を尊ぶとか。
そういうのですよね?
そりゃあ、あったほうがいいでしょう。
忠義や礼節を守らせることは、騎士を使う側にしても都合が良いわけだし」
「───まあ、そうだねぇ」
ジョッキを傾け、ぐびり、と喉を鳴らして、薄笑いを浮かべる男。
「だが、そんなにいいものなら。
どうしてそれは、騎士に限定されたのかね?
全ての兵士に誓約させたっていいじゃないか。
ただの口約束にしても」
「それは・・・ええと・・・」
「ははは。すまないね、つい意地悪を言ってしまった。
けれども、これはとても大切なんだ。
騎士を語る上で、絶対に外せない事なのさ」
男の左手が、口髭を撫で。
右手の指がカツン、とジョッキの縁を弾く。
何だか、妙な雰囲気だ。
芝居がかった動作である分、芝居の中に引き込まれるような。
こっちは一口しか飲んでいないのに、くらり、と目眩がするような。
「───いいかい、君。
現役の『ちゃんとした騎士』である私が、その答えと理由を教えよう。
《騎士道》はね。
自軍と自国民を怯えさせない為に、作られたんだ。
これが無ければ、誰もが騎士を怖がって、どうにもならないのさ」
「・・・騎士を、怖がる??」
「そうさ。
ああ、君が今思い浮かべてるのは、きっとあれだ。
助けられた御婦人が、胸の前で祈るように手を合わせ、目を潤ませて。
”騎士様、有難う御座います”、と。
そういう《騎士》だろう?」
「・・・・・・」
「私が言ってるのは、違うのだよ。
仕事終わりの連中が楽しく飲んでる酒場に、一人が飛び込んできて。
目を剥き、肩を喘がせ、”大変だ!騎士がやって来たぞ!”、と叫ぶ。
こっちのほうの《騎士》さ」
「それは・・・『ならず者』ってことですか?
西部劇に出て来るような」
「そうそう、それだ!
それこそが本来の、《本物の騎士》ってやつだ。
暴れん坊で、大酒飲みで、賭け狂いで。
悪党なのさ。
礼節なんぞ何処吹く風、女と見れば手篭めにするような『ろくでなし』。
そういうのが、元々の《騎士》なのだよ!」
嬉し気にビールを流し込み、再度お代わりを要求する男。
笑っている目の奥に、恐い光がある。
”真っ当な人物でなはい”と、社会性に欠けたオレですら分かるくらいだ。
つまり、それは。
白か黒かで言えば、真っ黒。
彼が、《とても由緒正しい騎士だ》という事である───




