44話 Theater for evil tongue 07
「・・・お前ら『悪魔』は、勘違いしてる」
感情が昂ぶり、荒くなった呼吸を。
何とか落ち着けながら、ゆっくりと告げる。
「───カトリックが『悪魔』を、『邪教徒』を敵としているのは。
宗教的な理由からじゃあない。
カトリックのみが真実だとも、思っちゃいない。
法王も、司教も、僕もだ。
我らは、巨大な社会を回す、一つの歯車にすぎない。
歯車で十分。
自らが『社会』になろうなんて、考えちゃいない。
・・・“そうは言っても、人類全員がカトリック教徒になれば嬉しいんだろう”?
そうなったら、どうなる?
何のメリットがある?
何もありゃしない。
いずれ天に召される者が、地上に楽園を望む訳がない。
人間が作った理想社会など、天の前には無価値だと分かっている。
我らは、ただの歯車。
この人間社会が上手く回ってくれたら、それでいい。
信じたい者が、信じればいい。
信じられない者、関心の無い者もまた、別の歯車。
それらを含めて、社会は回る。
───分かるか、悪魔?
カトリックがお前らと、お前らを信奉する者を許さないのは。
お前達が『神への敵対者』だからではない。
『この社会を脅かし、破壊する存在だから』、だ。
幾つもの歯車に不利益と不安をもたらし、安定を揺るがす。
歯車の一つとして許容出来ない、『毒素』だからだ。
・・・“悪魔の召喚が、認められているか?”、だと?
そんな訳ないだろう!
白か黒かで言えば、真っ黒だ。
教義に特例など、ある訳が無い!
法王も、司教も、僕自身も。
悪魔召喚の正当性なんて、小指の先ほども無いと知っているさ!
それでも、やらなきゃいけない!
誰かが、排除する為に動かなきゃいけない!
お前らは、『犯罪者』だ!
刑期が終わって出所して、また罪を犯す奴らと同罪だ!
迷惑なんだよ、皆が!
まともに暮らして、まともに生を終えようとする者達の、邪魔なんだよ!
カトリック教徒の為だけじゃない!
この社会の安全性、健常性を維持する為に!
お前らは、死ねッ!!
死んでしまえッ!!
人を襲ったライオンが、射殺されるようにッ!!
最悪の重犯罪者が、薬殺されるようにッ!!
努力が評価されるとは限らない、こんな社会でも!!
偽善が笑われ、微悪が容認される、こんな社会でも!!
お前らだけは、いちゃいけないんだッ!!
絶対に、許しちゃいけない存在なんだッ!!
分かったか、クソ野郎ッ!?」
「───ああ。十分に理解した」
悪魔バルストが、携帯灰皿をスラックスのポケットに入れながら、応える。
「反論は無ぇし、お前が喜ぶ訳も無いが───共感する部分もある」
「分かってるなら言うな」
自分でも、最後の部分は私情が入り過ぎたと思う。
結局、感情を抑えることが出来なかったな。
「さてと───それじゃあ、大いに盛り上がったところで。
『悪魔との契約』について話そうか」
「要らん!
どうせ、“魂がどうのこうの”ってヤツだろ?
こちとら、素人じゃないんだ。
召喚回数なんて、とうに100を超えてる」
「真っ黒だな」
「うるさい。
僕の信徒としての籍は便宜上、『まだある』だけだ。
それすら、死亡と同時に抹消されることが決定している。
肉体が灰になった後は地獄に堕ちて、永遠の苦痛がフルコースだ」
「そういう認識なのか?」
「揺さぶりをかけても無駄だぞ、悪魔」
「──────」
「“地獄が本当にあるか”とか、何の意味も無い。
地獄は存在し、罪を責める為の責め苦が行われる。
僕はそれを信じていて、尚も愚行を繰り返しているんだ」
「ある意味、聖者だな」
「どこが?」
ふと、力が抜けて。
何故か自然に苦笑してしまった。
「ああ、僕は。
地獄での拷問に、30秒も保たないだろうな。
“助けてくれ”、“許してくれ”と、無様に泣き喚くだろうさ」
「ふむ」
「だけど、後悔だけはしない。
自分のやった事を、“間違っていました”とは言わないつもりだ」
・・・おかしいな。
予定外の事を、色々喋ってしまった。
カトリックの在り方。
僕の仕事の意味。
悪魔に告白しても仕方が無い事ばかり。
こいつには、不必要な情報だ。
『人型の悪魔』ってのは。
というか、このバルストという名の悪魔は、喋らせるのが上手い。
こちらの感情を操る能力でも持っているのか?
注意が必要だな。
「───ともかくだ、バルスト。
僕の計画は、ちゃんと頭に入っただろうな?」
「ん。まあ、大丈夫だろう」
「“だろう”、じゃ済まされないぞ。
ぶっつけ本番の、一発勝負だ」
「分かってる、分かってる。
お望み通りの、いい仕事をするよ」
「いいな?真面目にやれよ?
次に呼んだ時は、『悪魔らしい格好』で来い。
そのイタリアンマフィアにしか見えない服装は、絶対に駄目だ。
あまりにも『人間的』すぎる」
「それは、遠回しに褒めてくれたのか?」
「褒めてない。
悪魔としてのプライドをかけて、ちゃんとした───」
「了解!イエッサー!任せろ!
じゃあ、秘書が呼んでるから帰るぞ!」
・・・何だよ、秘書って。
・・・やっぱり、変なのを呼び出してしまった・・・。
マーカス君の主張。
でもこれ、『悪魔』の定義が正しいことが、前提ですよね。
偽名さんは、それを理解した上で大人の対応。




