457話 投げるべし 01
【投げるべし】
土を蹴り、短距離で加速する。
体勢を低くして、ぶつかり。
押す。
抱える
捻る。
三歩下がってから、また土を蹴る。
ぶつかって、押す。
───何回目だとか、そういう事は考えない。
回数より、時間を重視している。
時間よりも更に、『納得できたか』に重点を置いている。
毎日毎日、これの繰り返しだ。
そして毎日、最初の何回かは、とても痛い。
その後は次第に感覚というか、苦痛が薄れてゆき。
終いには、自分が何をやっているのかも分からなくなる。
つまり。
こんなのを何ヶ月続けても、結局『分からない』。
明確な答えなんて出やしない。
───それでも、雑念を振り払ってまた、ぶつかっていこうという時。
───突如、首筋にピリピリとした、電気のようなものを感じて。
「・・・・・・」
「よお。久しぶりだな、ロバート」
振り返った先には、黒いスーツ姿の男。
あれ?
こいつ、何処から来た?
歩いてくる音が聞こえなかったぞ?
「誰だ、あんた」
「以前、お前さんとやりあったろ。
ヴァレストだよ」
「『やりあった』?
ヴァレスト・・・・・・ヴァレスト!?」
自慢じゃないけど、オンラインゲーム以外では、他人と争わないオレだ。
現実で誰かと『やりあう』なんて体験は、人生においてまだ一度しかない。
そして、あの時の事を知るのは、オレの他には王女様だけ。
爺ちゃんにだって、詳しくは話していない。
話したら当然喋りまくるだろうから、正気を疑われるに決まってる。
爺ちゃんより先に、オレのほうが。
「え、ええっ!?
あんた、ひょっとして、『あの時の竜』かっ!?」
「そうさ。近くまで来たもんで、どうしてるかと思ってな」
板についた動作でタバコを取り出し、火をつける『竜』。
なんか、当たり前のように吸い出したが、『竜』って人間になれるのかよ?
「お前、ちょっと見ない間に、一回りでかくなったなぁ。
騎士らしく見えるぜ、その体格なら」
「ええと・・・一応は頑張ってるからさ」
「ふうむ───結構、血が出てるが大丈夫か?」
「これでも、最初の頃よりは怪我しなくなったんだよ。
皮膚が固くなったみたいで」
そうはいっても、傷はできる。
シャツもズタズタに裂けて破れるから、着るのを諦めたし。
「『それ』、何かの修行みたいなモンか?」
「まあ、そうだな。山から重機で運んで来たんだが。
オレの力じゃ、持ち上げるどころか動かせもしない」
「どうしたいんだよ、そんなのを」
「・・・出来れば、ぶん投げたい」
「はあ?」
「うちの祖先、初代の騎士がさ。
《岩投げのウルダス》って呼ばれてたらしくて。
嘘かホントか、身の丈以上の岩を動かせたって話だ」
「へえ。そりゃあ、大層な奴だな」
「竜を倒したのも、大岩を落として不意打ちで。
そのまま崖から駆け降りて馬ごと体当たり、だとさ」
「それくらいは、やって当然だろ」
「いいのかよ、そんな卑怯なので」
「お前とやったのは、『決闘』だ。
そして、『決闘』と『喧嘩』は違う。
不意打ちも何も、竜だって出会い頭に噛み付くし、火を吹くぞ?
お互い、遠慮無しだぜ」
「・・・・・・」
言ってる事は、理解出来るけども。
それより先に、あの巨大な竜が人間と同じ姿になってんのが、違和感だ。
こいつ、普段はどういう暮らしをしてるんだろう?
洞窟にでも籠もって、寝てるのか。
それとも、その格好で人間に混じってフラフラ歩き回ってるのか。
「・・・竜って、良く分からないな」
「おいおい。決闘しておいて、そりゃあないだろう」
「したから、余計に分からなくなったんだよ。
あの日までは、ゲームの世界のモンスターとしか思ってなかったわけで」
「こっちとすれば『そういうの』への登場には、かなりの不満があるぞ。
冒険途中の噛ませ犬じゃなく、もっと強大に描いてほしいところだ」
「意外にゲームの事とか知ってるんだな」
「そこそこは、プレイするぜ?
ワイヤーフレームの迷宮にひたすら潜って、お宝を探すやつとか」
「・・・渋いところを選ぶなぁ、あんた。
竜はともかく、あのゲームの中の騎士だって、現実的じゃないよな」
「フルプレート着込んで徒歩で長時間行動とか、無理だろ実際」
「《本当の騎士》って、どんなものなんだろうな」
「ああ?どうって?」
「オレにとって一番分からないのは、竜よりも《騎士》なんだよ。
何をどうすりゃ、ちゃんとした《騎士》なのか。
叙勲されたから、それだけで《騎士》じゃあないだろ。
そして、あんたと戦ったからって、《騎士》になれた訳でもない。
そこまで自惚れちゃいないさ。
凄まじく、手加減してもらったし」
「ふうん───ちゃんとした騎士、ねぇ。
それで思い余って、『岩』か」
「分からなすぎて、真似くらいしたくなるだろ」
おまけに、竜を相手に愚痴吐きだ。
今更つける格好なんて、微塵もありゃしないよ。
───ポン、と手の平で叩いてみせた、庭を占有する巨岩。
ゴツゴツと、固い。
固くて重くて。
どうしようもないくらい、『強い』。
オレからすればこいつも、竜みたいなもんだよ。




