456話 教導者 03
「カオルは、人間嫌いというわけではあるまい」
「はい。特には」
「そうか。
ならば、信じる事や、裏切られる事から逃げてはいけない。
ごく当たり前の、人間としての心を忘れた時、道を踏み外す。
そして。
そういう生き方が、最もくだらない。
だから、死に方も同じように、くだらない。
流される涙も、手向けられる花も無く、ただの消滅だ。
単なる現象としての《死》だ」
「・・・・・・」
「最後まで、人間であり続けてほしい。
カオルが人間だからこそ、こうして話をしたくもなる」
静かにソーサーへ戻されるカップ。
講師の声が、柔らかくて心地良い。
「多少の不可思議な情欲も、人間である為に必要ならば認めよう」
「・・・マギル講師」
「何だ」
「・・・あたしは、面と向かって言われると、急に恥ずかしくなるタイプです」
「そういうものか───難しい年頃だな」
「ええと・・・はい・・・」
思春期、終わってますけどね。
こういう人間もいるんですよ。
拗らせてるんですよ。
どうか末永く、宜しくお願いします!!
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───”お母さん、有難う。”
届いたメッセージに、
”どういたしまして。”
”優しい先生がいるのね。”、と返信し。
仁生 晃子は、ことん、とスマートフォンを置いた。
「───それで、話の続きだけれど」
言いながら、ノートPCのキーボードをカタカタと打ち始める。
左手側には、金属製のページホルダーで開かれた大判の洋書。
真向かいには、後ろに引かれてはいるものの、『誰も座っていない』椅子。
そのどちらも見ないまま、彼女は語る。
「前任者は、更迭された。
そして私が昇格し、正式な《管理官》となった。
その事に気付いてもいなかったなんて、怠慢よねぇ」
返答は無い。
無くとも、彼女は気にしない。
「悪魔や天使より上位に位置するからと、高をくくっているのかしら。
そんなだから、私が『彼』の中核部分を書き換えても気付けない。
どうやったのかも、未だ解明出来ていない」
軽やかな打鍵音が響くリビング。
ページホルダーが、僅かにずれて。
勝手にページが捲られた後、元の位置に帰った。
「私の仕事は、大きく分けて2つよ。
《管理官》として行う、調整や調停。
そして、《侵略的行為による教導》。
その対象は勿論、貴方達だけではないわ。
地獄と天界にも、近日中に課題を送る手筈を整えているから。
ああ。
『及第点を取って、何とか切り抜けよう』だなんて、思わないことね。
私が役目を終えたら、もう後任は来ない。
それがどういう意味なのかは、言わなくても分かるでしょう?」
手を休めることなく、彼女は薄く微笑んだ。
良いとも悪いともとれない、形だけの笑みだった。
「さあ、驚くような成果を上げて、文句無しの満点を叩き出しなさいな。
私だけでなく、他所の《管理官》も納得するような。
『かけがえのない一つであること』を、データで明確に証明してみせてね」
正面の椅子が更に後ろへ引かれ。
そこから大きく前へ戻される。
ずっとPCの画面だけを見つめながら。
どうでもいい事にように素っ気無く、彼女は呟いた。
「───願わくば、《手品》が全てを消してしまいませんように」




