455話 教導者 02
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「───とびきりの《難問》だな」
”答えを教えてほしいわけじゃない”、とは断った上で。
結局、あの日の出来事を全て曝け出したんだけど。
聞き終えたマギル講師の表情に、それほどの変化は無い。
ただし、ついた吐息が、限りなく溜息っぽい。
「私がカオルなら、これを解決しようとは思わないだろう」
「・・・え?
考えない、ってコトですか?」
「そうだ」
まるで濃い霧の中、『見る』のではなく『見ない』を選ぶように、瞼を閉じ。
講師の言葉が、更に続く。
「確かに、手品はトリックがあってこそだが。
カオルが経験した一連の遣り取り。
それを《手品だ》と言い切ってしまえるような存在に、挑むことは愚かだ。
時間を浪費するだけだ」
「・・・・・・」
ううー。
講師をもってしても、そういう評価になるのか。
どんだけなのよ、うちのお母さんは。
「出題者自身が、《トリック》として認識している部分。
そこを現代水準における技術と思考で説明出来る保証が、されていない。
おそらく、この問題を解く事は『不可能』だろう」
「・・・やっぱり、そういうレベルだったんですか」
「故に、私はこれを解かない。
だが───お前は、解くべきだ」
「??
でも、解けないんですよね?」
「絶対に解けない。しかし、解くべきだ」
目を開き、繰り返された。
ええっ?
でも、それこそ講師がさっき言った、『時間の浪費』なんじゃないの?
「カオル、まだ思考を止めるな」
「は、はい」
「相手も、これを解けるだろうとは思っていない。
なのに、出題したのはどうしてだ。
その意味を考える必要がある」
「意味、ですか?」
「ああ。
カオルは、母親の前で魔法を使ってみせた。
そうだったな?」
「はい。
・・・・・・それが生意気だったから、とか・・・」
「そうではない」
やや怒ったような、断言が返ってきた。
「お前の母親が、どんな存在であれど。
『人間として』お前を産み、育てた。
ならば、お前も人間として信じるべきだろう」
「・・・人間として・・・」
「それが、最大のヒントだ」
「・・・・・・」
「──────」
解けない《手品》。
解けないと分かった上で、出された《手品》。
どうして、こんな難問をあたしに突き付けたのか。
出題する前に、何を言われたか。
出題した後で、何と言われたか。
・・・もしかして。
「・・・あたしに、”死ぬな”・・・と?」
「───私も、同じ答えだ」
ああ。
あの時あたしが、”自分は魔法使いだ”と言って、魔法を使ったから。
お母さんは、それを信じてくれた。
ううん、本当はもっと前から気付いていたかもしれないけど。
あたしがハッキリ宣言したから、それを認めてくれて。
だけど、『人間の魔法使い』は、まともな死に方ができない。
死ぬ事自体が、最大級の失敗だ。
安らかに息を引き取るなんて、どだい無理。
臓物ぶち撒けてくたばるなら、かなりマシなほうだろう。
それは、覚悟してるつもり。
つもりなんだけど。
・・・お母さんは、あたしに死んでほしくなかった。
・・・だから、永遠に解けない《手品》を見せてくれた。
普通の人間として死ねる、お姉ちゃんにではなく。
『人間の魔法使い』として生きようとする、あたしの為に。




