450話 一筋の糸を 03
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───カノントワルは、『山止めの花』。
───地獄の山が勝手に歩き出さぬよう、眠らせておくのが仕事の悪魔だ。
しかし、領主が開発の名目で山を崩したもんだから、住む場所を失い。
彼女はそれを機に、地上へ出る決心をした。
そして、あろうことか。
新たな居住地として選んだのが、現代ではカナダと呼ばれる地域。
仲間達は何とか思い留まらせようと説得したのだが、駄目だった。
”気候的に一番合っている”。
”空気が綺麗”。
そう言って彼女は、さっさと根付く場所を決めてしまったらしい。
───当時、あの一帯はそりゃもう、壮絶に荒んでいた。
───地獄でもちょっとお目にかかれない程、最悪の治安だった。
ガチの武闘派悪魔が大挙して、日々、血で血を洗うような抗争。
ついでに”『休戦』なんざ知った事か!”とばかり、天使も倒しまくり。
それが原因で、『休戦条約』自体が破棄される瀬戸際までいっていた。
そんな無法地帯の片隅で、彼女は小さな畑を作った。
殺されなかったのは、《食い物にする》為だ。
大地を耕し、水をやり、懸命に作物を育てても。
収穫の時期の直前に、畑ごと奪われて終わりだ。
それでも、彼女は黙々と開墾を続け、畑の世話をした。
奪い取られた畑にも平然と出入りし、そこにもまた種を撒き、芽吹かせる。
”馬鹿な奴だ”と笑われながら、盗られても盗られても働き続ける。
たまたまそれを知った時、俺は心底ブチ切れた。
当時はまだ降格してなくて、腕っぷしに自信があった頃だ。
正直『女性を助けて、カッコ付けたい』というのも、大いにあった。
そして。
外道な悪魔共を残らず叩きのめすべく、怒りMAXで現地に乗り込んだのだが。
当の彼女には喜ばれるどころか、きっぱりと断られた。
”ここで暴力に訴えたら、自分がやっている事の意味が無くなる”。
”今はまだ、その時ではないから”。
”気持ちは嬉しいけれど、《結実》を待ってほしい”、と。
───それから、100年ほど経ち。
彼女は、ある日。
当然の如く畑の収穫物を持ってゆこうとする悪魔に、一枚の紙を差し出した。
”・・・何だ、これは?”
”私が今まで育てた作物を、全部売却していた場合の利益です”
”それがどうした!”
”あなたの所が同じ期間に稼いだ利益を、教えてください”
翌日、そこのボスをを務める悪魔がやって来た。
ニヤニヤ笑いながら、ばさり、と投げ付けつけられた紙束。
彼女はそれをじっくりと眺めた後、冷静に赤ペンでバツを付け。
奪い取られた畑の分を差し引き、修正した値を書き込んだ。
”やっぱり、私のほうが儲けています”
”ああん??”
”数字は、嘘をつきません。
あなた達が誰かと喧嘩して勝ったところで、それだけでは終わらない。
今日奪って、明日も奪っても。
けれど明後日に奪い返されるんじゃ、意味が無いと思います”
それに怯え、一層の力を誇示しようとまた戦い、傷を負うのは無駄。
何も生産せず、誰かの分を戦って奪っても、その利益は『確定』出来ない。
やり方自体、『成長性』が無い。
どうせ苦労するのだったら、額に汗して働くほうが効率的です、と。
───勿論、そんな言葉だけで全てが引っくり返るわけはない。
それからも、彼女は《食い物》にされ続けた。
耕しても、育てても、誰かに奪い取られる。
常に彼女の畑は、一番新しくて小さいままだ。
それでも毎日、同じ事を繰り返す。
朝日が昇る前から、畑の世話をする。
荒れ地を開墾し、苗を植え、水をやる。
変わり始めたのは、更に200年経過してからだ。
───人間が、本格的な農業に興味を持ち出した。
畑を訪れ、”やり方を教えてほしい”と言う。
”ここで働かせてくれ”、と頼む者もいた。
畑を奪った悪魔達は、作物の世話などしていない。
全部彼女に任せて、『あがり』を掠めてきただけだ。
何のノウハウも持ち合わせていない。
だが、彼女は頼まれずともその畑にやって来て、農法を指導した。
畑はやがて、農場となり。
一層の人間が集まって、大農場となった。
───そうすると悪魔達は、その分の利益を守るのに苦労するようになる。
抗争を繰り広げていては、農場で働く人間が怖がり逃げてしまう。
作物に被害が出ないよう、『気を付けて争う』のも馬鹿馬鹿しい。
悪魔達は次第に、争うことのデメリットに気付き始めた。
もはやどう考えても、争わないほうが『得』だ。
”目が合った”、”肩がぶつかった”でドンパチした日には、作物がやられる。
『大損害』だ。
せっかく育ったモノが、台無しになる。
農場の堅実な利益と、戦いで奪い奪われた末の最終収支。
ここまでくれば、計算するまでも無いほど差は明らかだった。
───かくして、現在。
カナダの悪魔達は、一切の争いをしていない。
それどころか、《契約点数》を稼ごうともしない。
人間に混じって同じように農場で働き、収穫物を卸すか、加工して売り。
そうやって得た通貨で、他国の集団から《点数》を買って暮らしている。
そんな彼等を束ねるのが、カノントワルだ。
位階を持たず、狙えるような力も無い彼女が。
各派閥のボス達が投票した結果、フルスコアで《代表》に選ばれた。
人間の歴史書にこそ、名前が記されることはなかったものの。
カナダにおける『農業の祖』は、間違い無く彼女である───




