447話 I received it 02
さて。
そうなると彼女には、何と返答すべきか。
ここは正直に答えたほうが良いだろうな。
───”その『司祭』は、カトリックの関係者ではない”、と。
───ただそれだけを。
『見付からなかった』では、探し続けるだろう。
その途中で教会及び、ヴァチカン内部にも何らかの《被害》が出るに違いない。
それを回避するには、カトリックと無関係である、と断定しなければ。
おそらく彼女は、その『司祭』を殺すつもりなのだ。
恨みの感情ではなく。
自分だけが《証明者》になる為、もう一人を消し去ってしまいたいのだ。
過去を振り返ってこんな事を考え付くとは、よほど暇を持て余しているらしい。
秘匿部隊の教育と枢機卿の間引き程度では、満足出来ないようだ。
もっと華々しい成果を、過激な《殺人》を求めているのだろう。
ミリアン・ベイガーは、著しく優秀で貴重な人材だ。
それを、みすみす失いたくない。
もしも彼女が何かの拍子に、『司祭』を見付けてしまった場合。
殺されるのは彼女のほうだろう。
人間が同等以上の知性を有する《人間以外の何か》と戦えば、勝ち目は無い。
それでなくとも我々は、『大きさに即わず、脆弱な生き物』だ。
出血で死に、痛みで死に、手脚を失っただけでも絶望して死ぬ。
頭部を猟銃で撃たれても反撃可能な熊のほうが、生物としては遥かに強い。
彼女とて、所詮は人間だ。
規格外の存在と交戦し、物理的に圧倒出来る可能性は限りなくゼロだ。
最悪の結果にならぬよう、彼女の興味を他に逸らしておく必要がある。
───そろそろ、人殺しをさせておくか。
───本気で抵抗してくれる、歯応え十分な獲物を用意して。
ふうむ。
ここからは、精度の低い『予想』。
想像の域を出ない、個人的感想となるが。
どうやら《人間ではない者達の組織》は、カトリックで遊びたいらしい。
破壊を企むでも、嫌がらせでもなく。
どんな反応を示すか知りたくて『実験』を行っている印象だ。
ミリアン・ベイガーに対しての『それ』は、すでに終わったと見るべきか。
それとも、この事を知った私の行動を監視するつもりなのか。
現在はまだ、結論に至れない。
まずは、データの収集からだ。
連中がカトリックを対象として、他にどんな《実験》をしているか。
やったのか。
そういう観点で今一度、不審なものを洗い出し、精査しなくては。
───ああ。
───そういえば1つ、『あった』な。
マルヴィン卿が送り込んでいた特務員。
ブライトン・バルマー、だったか。
不可解といえば不可解で、『引っ掛かる』事件だ。
カトリック教会に於いて、《脱会》の手続きは存在しない。
入会の証である『洗礼』を取り消す事自体が、不可能。
それ故に、《脱会》したければそう宣言するか、心中でそう思うだけでいい。
ブライトンは確かに”脱会する”、”特務を辞める”と意思表示したが。
それからあまり間を置かず、自死を選んでいる。
通常、脱会者の主たる理由は、他教に改宗する為だ。
そして、彼にその形跡は無い。
もしくは、”何も信仰したくないから、脱会したい”。
だが、自らの命を断つならば、そもそも脱会しようがすまいが、関係無い筈。
では、”ちゃんとカトリックと縁を切ってから、死にたかった”?
それこそ、有り得ない。
一度受けた『洗礼』は、消せないのだ。
改宗して、他教のそれで上書きする事しか出来ないのだ。
彼の立場で、それを知らないわけがない。
脱会宣言だけで本当にカトリックと無縁にはなれないと、分かっていた筈。
ならば。
何故、ブライトンは特務を辞め、拳銃で頭を撃ち抜いたのか。
───彼は、カトリックを信じたかったのだ。
───信じたいのに、その信仰自体が無価値だと思ってしまったのだ。
一体何が、彼にそう思わせたか。
精神的に不安定な状態で発したであろう、脱会宣言は。
彼の慟哭であり、警告でもある。
”この世に、カトリック信仰を揺るがすような《何か》があるぞ”、と。
一際強い信仰を持ち、枢機卿の手として動くような、清濁を飲み込める男。
そんなブライトン・バルマーを『揺さぶった』のは、何だ。
それも、《実験》なのか。
関連性の有無は、まだ分からない。
しかし、ミリアンの件を含め、これらの事は他の7名と共有するべきだ。
彼等は《組織》に関し、真っ先に『悪魔』を疑うだろう。
そこは敢えて、否定しない。
教えない。
今は、私だけで良い。
”悪魔はそんな事をしない”と理解しているのは、私だけで構わない。
ただ、この静かなる危機への対抗手段を、早急に打ち出さなくては。
《組織》の正体が不明だろうと、それを殲滅出来なかろうと、問題は無い。
カトリックを守る。
それだけが重要であり、ヴァチカン勤めの8名の職務なのだ。
───信仰は、真白き綿の如く美しく。
───我等は、血溜まりに無色の毒を携えて。
書類上は男性として扱われる秘匿部隊の教官が、多くを殺めてきたように。
彼女に訓練された者達が、日々その手を汚しているように。
我等もまた、赦されぬ罪を犯して生きている。
仮に此処を、破壊活動を目的とする宗教的集団が占拠したならば。
我等は人質となる事を善しとせず、懐に隠した銃でそれらを撃つ。
8名全員が、躊躇無く発砲する。
皆、素人の上に高齢者だ。
どうせ直後に射殺されるだろうが、意味はある。
その行動が、愚か者達の力を薄皮一枚分でも削ぎ。
それによって増援が間に合い、事態を終結させる可能性に繋がる。
そう信じて、その為だけに銃を撃つ。
殺人を覚悟して引き金を絞り、新たな罪を犯す。
人生最後の数秒間で、何をしようと。
それが公になり、『不信心』の烙印を押されようと。
長きに渡りカトリックの為に積み上げてきた努力と実績の、価値は変わらない。
笑って死ぬのみだ。
『清廉に生きて、神の待つ天へ召される』、それが全信徒の理想だが。
『信仰を抱いたまま、地獄へ落ちる』、そういう道もある。
それを選んだのが、我等8名だ。
行動がもたらした結果は、善悪を問わない。
”どうやって得ようと、金は金だ”と嘯く、犯罪者のように。
彼等は、言うだろう。
”誰だって、金が欲しいさ。金が必要なんだよ”、と。
それと同じだ。
正しい事を、正しくない方法で為す。
どうやろうと、カトリックの為になるならば良いのだ。
多くの正しき信仰者が、心安らかに死を迎えること。
それを叶える為、他の誰でもなく、我等が進んで罰を受けよう。
来るべき日に、この命が終わり。
煉獄にて魂が、永遠の責苦に苦しもうとも。
ただひたすらに、力の限り、残された生を全うするだけだ。
───全て、『終着地点』に向かって事を運ぼう。
何も心配は要らない。
少なくとも私はもう、救われているのだ。
母と、母の母によって。
この上無い幸せを、生きながら授かっているのだから。
勝ち目の無い相手には、勝たなくていい。
そうする意味が無い。
だが。
「───仇は、とらせてもらうぞ」
リスヴェン・ウォルトは、敢えてそれを言葉にした。
日曜の午後以外は、自分の側にいるやもしれぬ存在。
見えない《何か》に向けて。




