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444話 That train is never coming back 02



「!!」


「墓参りは御遠慮くださいな。迷惑だから」



一度は上がった『天敵』の視線が再度、落ちて。

瞼を閉じた後、深く息を吐く音がした。



”来るな”というのは、別に意地悪で言ったわけではない。

来たところで、そこに『本物の墓』は無いからだ。


共同墓地のものはただのフェイクで、『本物』はもう月の城に移している。


そうするに至った理由は、墓荒らしの襲撃だ。

いや、墓ごと盗もうとしていたから、《墓泥棒》というべきか。


あれは、かなり手強い相手だった。

それなりに本気で()ったにもかかわらず、(とど)めを刺せなかった。

ヴァレスト程度では、一撃で倒されて終わりだろう。


こちらの世界の悪魔にも強者はいる、と認識を改めるざるを得ない。



「・・・彼女は、何か病を(わずら)っていたのか?」


「いいえ。死因は老衰。

だって、92歳よ?十分に生きたでしょう?」


「そう・・・だな」



《外法》で延命しているお前には、時の流れなど気にならないだろうけど。

アニー・メリクセンは、戦ったのだ。


とても弱くて、怖がりで。

誰を信じることも、頼ることも出来なかったけれど。

92年もの間、『恐怖の世界』に立ち向かい続け、生き延びたのだ。


これでやっと、彼女は休める。

もう何も憎むことなく、眠りにつける。


だから、私は悲しく思いはしない。

世界や運命を呪うつもりもない。

それはすでに、アニーがやった事だ。

私はただ粛々と、この現実を受け入れよう。


だが。

アニー・メリクセンを、今になって語ることは許さない。


彼女の残した詩や脚本について、どんな感想を持とうと自由だが。

ずっと傍観者だった者達が、亡くなってようやく彼女の人生に触れるのだけは。

それだけは、絶対に許さない。


彼女を懐かしみ、思い出す資格があるのは、私とヴァレストのみ。

他は全て、季節と共に過ぎる景色と同じ。

所詮は、変わってゆくもの。



だから───



「誰が誰を愛そうと、構わないわ。

他者のそれを品定めし、面白がって笑おうと。

いざ自分の番が来たら狼狽(うろた)え、舞い上がって理性を失おうと」


「・・・・・・」


「けれど───ルーベル・レイサンダー」



私は、胸に渦巻く負の感情を押し殺して。

心底大嫌いな『天敵』に、一度きりの慈悲を、優しさを与えた。



「”やっぱり惜しい”なんて無しよ?

お前は、何も口に出してはならない。

昔そうだったように、今も、これからも言う必要は無いの」


「・・・・・・」


「お前が大好きな『私の姉』は。

明日もいつも通りの時間に、店を開けるわ。

何も無かったように笑って花の世話をし、訪れる客を迎えるでしょうね」


「・・・・・・」


「それまで後、8時間も無いけれど。

お前は、こんな所でしょぼくれてる暇があるの?


一体、何の為に長生きしてるのかしらね?」




───ガタン。


弾かれたように立ち上がる姿。

その両肩が、わなわなと震え。



「何も言うな。帰れ」


「・・・・・・」



ホンブルグハットを脱ぎ、一礼して。

憎らしい男は、やっと出ていった。


結局、コーヒーは最初の一口分しか減っていない。

ああ、本当に嫌な奴だ。



───不規則な風が、窓を叩いている。


───暑くも寒くもないのに、どうしてか落ち着かぬ夜。



アニー・メリクセン最後の《呪い》は、成功したのか。

娘である私にも、それは分からない。


だが。

絵描きは今夜、筆を取り。



彼女は、『にたり』と笑うだろう───


(以下、後書き)

アニー・メリクセン、享年92歳。

死因:老衰

危険度:最悪レベル

転生禁止期間:人類初の、無期限


アニー:「あっはっは!!むしろ有り難いねぇ!!(会心の笑み)」


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― 新着の感想 ―
[一言] 監督と女優さんの助けがあったとはいえ、四家クラスのミステリオスを、アールデルテを生み出せるほどの作家であり、カースメイカーだものなぁ。むしろ過小評価とすら言えるかもしれない。
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