443話 That train is never coming back 01
【That train is never coming back】
頭の中の空想を、『形』にする者。
その表現に一役買う者。
それを世に知らしめるべく、宣伝を担う者。
手にした『形』に独自の解釈を加え、また解き放つ者。
それを含めて楽しみたい者。
そうしながらもやはり、自分が『始まりの一つ』になりたくて歯噛みする者。
命を、時間を、どう使おうが個々の勝手だ。
しかし。
長く長く続くだろう私の時間に、今夜の体験は深く刻まれた。
画面越しとはいえ、自分が死ぬ姿を見ることになるなんて。
良くも悪くも金輪際、二度とこんな機会は無いだろう。
「うう、うあぁっ・・・!」
「──────」
「死んじゃやだ!お願いっ!死なないでっ、レンちゃん!!」
「死んでないわよ、私は」
「でも!・・・でもっ、レンちゃんがっ!!」
「貴女が今しがみついてるのは、何処の誰なのよ?」
「うああっ・・・うあああぁっ!!」
───駄目だ。
この《自称・姉》は、感受性が豊か過ぎる。
TVドラマと現実の区別が、曖昧になっている。
ある意味、アニーに近いのか。
長く続いた『The Pain of Dry Bones』の、最終話が終わった。
多くの視聴者に憎まれ、死を望まれたグランツは生き残り。
《悪魔レンダリア》は、死んだ。
この結末がどう受け止められるかは、見た者それぞれ、としか言いようが無い。
ただ。
《悪魔レンダリア》は、完全に死んだ。
絶対に生き返る事が出来ないよう、欠片も残さず殺された。
これからしばらくは、彼女について様々な憶測が飛び交うだろう。
そして、一ヶ月後には”すでにいない者”として、話題にも上らない筈だ。
つまり、私が『こちら側』に出て来れるチャンスは、あの時。
あの瞬間にしか、なかった。
数年前までは無名だった、アニー・メリクセン。
その知られざる物語から飛び出し、誰からも見える肉体を得た私。
ほんの少しでも何かが欠けたなら、無理だった。
こんな奇蹟は有り得なかった。
───その事に感謝し、我慢するべきなのだろうか?
───抱き止めた《自称・姉》の涙や諸々が、私のドレスを汚すのも。
《悪魔レンダリア》が死んで。
悪魔のレンダリアが泣いて。
『私』というレンダリアが、小さく溜息を落とす。
ああ。
何とも不思議で、面倒な世界だこと。
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「───おまけに、お前もお前で厄介ね」
階下の店内、カフェスペース。
カップの中身で喉を潤し、『天敵』に視線を向ける。
「私の淹れたコーヒーなんて、美味しくはないでしょうけど。
口も付けないというのは、いくら何でも失礼じゃないの?」
「あ・・・いや、すまん・・・」
返答は返ってきたが、脊髄反射のような反応だ。
砂糖もミルクも入れずに飲んだのも、私の真似をしたわけではないだろう。
壁際の1箇所だけ点けた明かりに照らされた、老人の顔。
それは光の加減を差し引いても、あからさまに憔悴しており。
いつもの不敵なふてぶてしさが、すっかり抜け落ちた表情だった。
「その・・・レンダリア嬢は」
「泣き疲れて、ようやく眠ったところよ」
「・・・そうか」
一応、そっちの心配もしてくれてはいるようだが。
それが用件の『本命』でない事は、分かりきっている。
夜中に店の前を彷徨く不審者を招き入れたのは、理由あっての事。
けれど、こいつは強情でひねくれ者だ。
コーヒーの一杯程度では、とても話が進みそうにない。
それをどうにかしてやるのも、こちらの役目なのか。
私が出現した世界は奇妙で不思議で、とても興味深い反面。
色々と周囲に優しくしないと上手くいかない、煩わしさもあるようだ。
風が啼く声。
表の道を走り去る、車の音。
羽織ったガウンの結び紐を指で触りながら、溜息ひとつ。
「こんな夜更けに、お前が突然、何を思い出したのか知らないけれど」
「・・・・・・」
「5日前───アニー・メリクセンは、息を引き取ったわ」




