439話 三重奏と、伝説の道化師 03
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「奢ってもらってケチ付けんのも、なんだけどよぉ。
この『マッチャ・ラテのシュガー抜き』って、かなり苦くね?」
「そう言うな。ただの嫌がらせだ」
「そっちが飲んでるのは、なんか美味そうだな?」
「気にするな。ただの嫌がらせだ」
普段からよく利用している、食料量販店。
そのフードコートで向かいに座っているのは、同僚のザンガス。
天界一の馬鹿男でありながら、何故か序列がわたしと同じだ。
出世に興味は無くとも、こいつと同列なのは気に食わない。
それでも態度には出さず、こうして普通に接してやっている。
いやはや、自分の優しさに呆れてしまうな。
「・・・あの娘達、さっきのをSNSに上げてくれたかな?」
「さあ、どうだろう。何名か、そういうのが好きそうなのはいるが。
炎上目的でやったのか?」
「炎上つーか、ライフワークつーか。
《伝説》を作り続けなきゃならねぇ、悲しき宿命なのさ」
「あれは結局のところ、お前じゃなくて《わたしの伝説》だろう」
「それでもいいんだよ、とにかく派手に目立てれば。
俺は、常に期待されてるからな」
「気のせいだろう」
「待て。早まるな、ネイ。
物事には順序ってモンがある。
一応は、”誰から?”って訊いてくれ」
「面倒な奴だな───誰から?」
「イスランデル長官」
「気のせいだろう」
「いやいや、マジなんだって!
『長官室』に籠ってりゃいいのに、わざわざ自分の席に着いてさ!
俺の斜め前だよ!
めっちゃプレッシャー、かけてくんだよ!」
「どういうプレッシャーだ」
「”君、何か面白い事をやりたまえ”っていう、無茶振り的なヤツさ!」
「気にし過ぎだ」
「そうじゃねえよ!実際に何度か、面と向かって言われたよ!」
「ふうむ」
───意外だな。
わたしの中で、あの冷血上司に対する好感度は著しく低いが。
そういう事をする性格だとは、思っていなかったな。
頭が良すぎる切れ者の目には、『馬鹿』が新鮮に映るのか?
ストレス解消として、日々のルーチンに上手く取り込んでいるのか?
「・・・おい。今の全部、口に出てたぞ」
「それは悪かったな。お詫びに、もう一杯奢ろう。
そうだな───次は、抹茶にするか?」
「ミルクまで抜きかよ!?要らねーよ!!」
ザンガスが、バン、とテーブルを叩く。
自分の感情をコントロール出来ない奴だな。
『結界』を張っていなければ、周囲に注目されるところだぞ。
「事あるごとに、馬鹿だ馬鹿だと言うけどな!
俺は馬鹿じゃねーぞ!」
「そうだろうか」
「学校ではかなりのヤンチャもしたが、それは『フリ』だ!
家に帰りゃ、すぐに勉強!
試験の点数は、常に上位陣だったからな!」
「そういう生き様が、馬鹿だと思うんだが」
「・・・う"っ・・・」
「そして、その馬鹿さ加減が何を引き起こしたか。
お前自身が、一番良く分かってるんじゃないのか?」
「・・・・・・」
反論無しか。
まあ、出来ないだろうな。
───ザンガスは、《天昇魔》。
───即ち、『元・悪魔』だ。
修学旅行の晩、抜け出して遊んでいたら天界に取り残された、大間抜け。
こんな阿呆はこいつ以外、見たことも聞いたこともない。
当時は、《あまりにも使い道が無くて捨てられた説》が囁かれた程だ。
馬鹿に付ける薬は、天界にも存在しない。
だが、立場を明確に表わす為に考案された呼称が、《天昇魔》。
何故こんなのが同僚なのか、全くもって不明だ。
長官の趣味には付き合いきれないぞ。
「初出勤の日に震えていた『真ん中分けメガネ』が、よもや痴漢になるとは」
「おい、やめろ!過去の傷口に触れるんじゃねぇ!」
「済まない───謝罪として、お代わりの水を取って来てやろう」
「ついに、奢る気まで無くなったか!?」




