438話 三重奏と、伝説の道化師 02
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「寮長!寮長っ!!
いらっしゃいますか!?」
ダンダン、と激しくノックされる音で、目が覚める。
───ん───。
ネットラジオでJAZZを聴きながら、眠っていたようだ。
最近は『表』と『裏』、どちらの仕事も忙しい。
たまの休日くらい、静かにしてもらいたいところなのだが。
とはいえ、ドアの向こうの声からは、切羽詰まっているのが感じられる。
こんなふうに私を呼ぶとは、何か問題があったのだろうか?
「───いるぞ。どうした?」
「男です!!不審な、不埒な男が、寮内にっ!!」
ふむ。
女性寮に入って来るような男は、もれなく不審で不埒だ。
しかし、それくらいで動じるようでは駄目だぞ、天使として。
「さっさと追い出せばいいだろう。男の一匹や二匹くらい、」
と、そこまで言ったところで、ようやくまともに思考が回り始めた。
この女性寮に、人間は入れない。
存在を認識不能で、法術的なセキュリティも突破出来ない。
無理矢理に入ることが可能なのは、『人間以外』。
悪魔や、力のある伝来の妖族くらいだろう。
ただし、その場合は当然だが、警報が鳴る。
全エリア、全室内に、けたたましくベルが鳴り響くはず。
そして、今そうなっていない、という事は。
侵入者は───『天使』か。
「すぐに行く」
ラップトップPCを閉じてスリープさせ、ドアを開ける。
「寮長、急いでくださいっ!!」
先導する後輩に続き、エレベーターではなく階段で降りてゆく。
ああ。
騒々しい声と、爆発音が聞こえてきたな。
この時間、寮内にいる者達は午後からの出勤、もしくは休日だろう。
突然の災難だとは思うが、それにしても一発で仕留められないのか?
設備や備品に損害が出た場合、始末書を書かされるのはわたしだぞ。
「うぇ〜〜へっへ!そんな程度の術式、全然効かねぇなぁ〜〜!」
1階まで降りきり、エントランスホールへ入ると同時。
下卑た高笑いが、鼓膜を打った。
「きゃあああぁ!!こっ、来ないでーー!!」
「いいじゃんかよう!減るモンじゃなし!ヒャヒャヒャーー!」
「いやああああっ!!」
確かに、不審者だ。
サイドを刈り込み、上半分だけを金色に染めて逆立てた髪。
無精なようで実は懸命に整えているが、結局は無精に見える顎髭。
黒いTシャツの図柄は、墓から這い出てきた元気一杯のゾンビ。
腰で履いた、ダークグレーのヒップホップ的なパンツ。
そのベルトから垂れる、銀のウォレットチェーン。
ここは地上界。
基本的には、人間の生息圏だ。
故に、こんなのを見た人間達が持つだろう印象について、少し語ろう。
───はっきり言って、センスが古い。
───『オラついた感じ』を出したいのだろうが、もはや二世代は遅れている。
一番駄目なのは、シャツだな。
パンツとの組み合わせが、致命的にダサい。
『ハードコア系』と『ストリート系』、どちらに寄せたいのかブレている。
そもそも。
強がるのが目的ならば、チープなのはアウトだ。
安上がりであったとしても、安っぽいイメージは避けるべき。
チンピラ風情などいくらでもいるし、それは一般人も見慣れている。
本当に怖がられるのは、『金を持ってそうな強面』だ。
そういうのは金があるからこそ、付き従う手下や手を貸す仲間がいる。
だから、恐ろしい。
ならば、どうやって金があることをアピールするか?
手っ取り早いのは、高い服を着ることだ。
その為のハイブランド品だ。
デザインの好き嫌いではなく、品質を求めた結果でもなく。
誰もが理解出来る『とても高い服』をルーズに着るからこそ、伝わるのだ。
無許可で売られているバンドTシャツみたいなのは、誰でも買える。
恐ろしくない。
コーディネイトに悩むことを放棄した、ただの『無頓着』にしか見えない。
こんなのでイキがっても、裏通りで普通に悪ガキ共に襲われること請け合いだ。
───まあ、他にもまだコメントしたい部分はあるが、今はやめておくか。
一応、この男が誰なのかは分かった。
見た目は最後に会った時と、真反対ほどに違うが。
こいつの掠れて高い特徴的な声は、しっかりと憶えているぞ。
「あっ、寮長」
近くに居た一名がわたしに気付いて何か言い掛けるのを、目で合図して止めた。
逃げ惑う後輩達を追い回して胸や尻を触っている、馬鹿天使。
奴の死角からゆっくりと接近し、声を掛ける。
「───おい」
「あ?」
振り向いたところを、素早く『掴んだ』。
「ひえッ!?」
素っ頓狂な声が上がるが、気にせずしっかりと『握り締めた』。
「ちょッ!!ななな、何をしてッ!?」
「どうにも、変だと思ったのだ」
「な、何がッ!?」
「変態的な物言いで女を追い掛け、触る。
それはいかにも《好色漢》、といったところではあるが。
その割りに言動ほどは、昂ぶりが感じられなかった」
「いや、とにかく離せッ!!」
「まあ、そう嫌がるな」
男をコントロールするのは、簡単だ。
大体にして胃袋か、『これ』を掴むだけでいい。
「うむ───やはり、少しも固くなっていないな。
柔らかいし、小さい。
つまり、これは『平常時の大きさ』か?
それにしても、小さいな。
かなり頑張らねば、いざという時に役に立たんぞ?」
「いいから!!離せよッ!!」
「なあに、後でわたしを存分に触らせてやろう。
だから、それを想像してだな、もうちょっと頑張ってみろ。
気概を見せろ。
───ん?
若干、膨らんできたか?」
「もうやめろッ!!やめてくださいッ!!」
「そうか?
本当にやめていいのか?
段々と興奮してきたんじゃないのか?」
「やめてッ!!だ、誰かッ!!
誰か助けてえええぇーーーッッ!!!」
おっと。
泣き出したな。
色々と小さい奴め。
見守っていた寮生から、拍手と歓声が巻き起こった。
どうやらわたしは、ここを預かる身として良い仕事をしたらしい。
「寮長!!」
「流石、寮長です!!」
「助かりました!!」
そうか、そうか。
皆に讃えられるのは、嬉しいのだがな。
こんな奴くらい、数秒で制圧出来なくてどうする?
実際の戦いは何倍も厳しく、容赦無いぞ。
その上、エルフだって出てくるんだぞ。




