435話 はまる音 04
「・・・どうして、あたしに訊くんだい」
眉間に皺を寄せ、怪訝そうに尋ねるアニー。
「どうしてだかは、言うまでもないでしょう?
今になって、”やっぱり惜しい”なんて無しよ?」
「・・・・・・」
「ヴァレストは、私のもの。
それでいいわよね?」
ちょっと待て。
玩具とか、お菓子みたいに言うなよ。
『私のもの』って何だ?
どういう意味でだ??
俺には、その。
ええと。
ファ、ファリアがいるわけで───!
「・・・ううーーん」
頑張れ、アニー!
ここは一発、親としてガツンと諌めてやれ!
「・・・まあ、いいよ。
じゃあ、そこで鼻の下を伸ばしてるのは、『あんたのもの』ってことで」
「おい、アニー!?」
「やった!」
隣で小さくガッツポーズする、レンダリア様。
俺は引き寄せられ、傾いたままである。
心外だ!
鼻の下なんか伸びてないぞ!
「───取り敢えず、離してくれ」
「駄目」
そうだな。
駄目と言われたら、駄目だ。
即ち、絶対に駄目、ってことだ。
仕方無く、行儀は悪いが座ったまま少し腰を浮かせ、椅子を隣へ寄せる。
「責任を持って、ちゃんと世話をおしよ、レンダリア」
「勿論よ」
「──────」
「うんうん、やっぱり今日は調子が良いね。
今、音がした」
「音??」
何だ?
特に変わったものは、聞こえなかったと思うんだが。
「あたしの頭の中でだよ。
『カチリ』と鳴ったらさ、どうしてだか物事が上手くゆくんだ」
ひひひ。
子供が100人中100人泣き出すような、顔と声。
こいつは俺も、少しばかり気圧される。
「ミシェル・ケイティーと会った時も、そうだったね」
「ミシェル───ああ、レンダリア───様役の女優か?」
「凄かったのよ、ヴァレスト。
ひっきり無しに電話が掛かるし。
何度も何度もここへ押し掛けて来て、話を聞かせてくれ、って。
最後はもう、人間嫌いのアニーが”泊まっていけ”と根負けしたくらい」
嬉しそうに教えてくださる、俺の『所有者』様。
次第に腕の感覚が無くなりかけているんだが、お気付きだろうか。
「はんっ!
とにかく役柄の事を、根掘り葉掘り聞きたがってね。
渋々話してやってたら、途中で『カチリ』ときたのさ。
あれの演技はあんたから見てどうだい、レンダリア?」
「かなり辛口で減点しようにも、文句が付けられないわね。
彼女は、私をとても深い部分まで理解した上で、ごく自然に振る舞っている。
よくある《役への入れ込み》じゃなく、愛してくれているのが分かるわ」
「そうかい。
なら、何か労いの言葉でもくれてやりな。
あたしは誰かを褒めるとか、そういうのは得意じゃないからさ。
あと一応、監督にも」
「両方、会ってきたわよ。
ちょっとしたプレゼントも渡して、とても喜んでもらえたから安心して」
「それこそ、驚いて腰を抜かさなかったのか?
2人とも、普通の人間だぞ?」
思わず口を挟んだが。
「普通じゃないわよ」
「あの2人は、普通じゃないね」
さらりと、凄い評価が返ってきた。
アニーをして『普通じゃない』と言うのは、一般社会の超危険レベルだろ。




