434話 はまる音 03
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「どうやら今日は、とても調子が良いね」
ずず、とコーヒーを啜り。
アニーが普段よりも機嫌のいい顔で、『にたり』と笑った。
「ん?もしかして、体調を崩してたのか?
休んでなくて大丈夫か?」
「バカたれ!婆ぁが、急に元気になるもんかい!
体じゃなく、色々な事がさ」
「??」
「いつも通り、早くに目が覚めてね。
体操しようと庭へ出りゃ、鬱陶しい曇り空で。
『死ね!!』って叫んだら、すぐ晴れたよ」
「何やってんだ」
本当、何やってんだ《Curse Maker》。
天気が良いのは、アニーのお陰かよ。
もしもそこに天使達が到着してたら───もれなく転がってたか?
「ま、体を気遣われるのは、悪くないさ。
こいつを引っ張って来てくれて有難うよ、レンダリア」
「どういたしまして、アニー」
え??
何か今の流れ、おかしくないか?
『ありがとう』は、俺に直接言うべきじゃないのか?
どういう事なんだよ、一体。
《Curse Maker》の《独自ルール》は、特殊だ。
特殊過ぎて、俺にはさっぱり分からん。
「───なあ、アニー。
そもそも、急にドラマの中のキャラクターが訪ねて来て、驚かないのか?」
「驚く必要が、どこにあるってんだい。
世の作家達が、どうしてんのかは知らないけどさ。
あたしは『創作』と『現実』の区別をつけたことなんか、いっぺんも無いね」
「──────」
いやいや。
それが大問題なんだよ。
世界中の皆様に、影響を与えてるんだよ。
「レンダリアは、居て当然なのさ。
話したことくらい、何度もあるよ。そうだろう?」
「ええ。ティータイムだって一緒に過ごしたわ」
「つまり───元から母娘みたいな関係か?」
「まあね。
それと、この子は単純に《ドラマのレンダリア》ってわけじゃないよ」
「え??」
「脚本よりもずっと前に書いた、原作があるのさ。
誰にも見せていないし、見せるつもりもないけどね。
そっちのほうは、ドラマ版とは展開も結末も大きく異なるんだ」
「私は、両方を知っているわよ」
「そうさ。
だからこそ、レンダリアは《消せない》。
誰の嫌がらせにも負けない。
この子の秘密を知らない限り、邪魔することなんて出来やしないのさ」
「元から十分に強いだろ。
強過ぎて、自重していただかなきゃ困るくらいだぞ?
誰も挑んでくるわけがないって」
「甘い甘い!
あたしはね、自分以外に妙な期待なんかしないんだ。
表皮の1ミリ先は『敵』だよ。
世界中が全部、『悪意を持った敵』だ。
前にも言っただろ?
この子は、『一番綺麗で優しい部分のあたし』だって。
何が、”強過ぎる”もんかい。
優し過ぎて心配で、胃が痛むくらいなんだよ」
「──────」
隣に座っていらっしゃるレンダリア様とアニーの顔を、見比べてみる。
まあ、その。
レンダリア様は、優しいといえば、優しい。
分かり難いが、慈悲は感じられる。
包容力もある、気がする。
だが。
それよりも───
「何だい!文句でもあるのかい!?」
「いや、別にそうじゃないさ」
凄まれて、自然と声は小さくなるが。
「ただ───申し訳ないんだ。
全部『敵』だと思えるような世界で───ごめんな、アニー」
「・・・・・・」
返事は無い。
頭を下げたから、向こうがどんな表情をしているのかも分からない。
けれど、《邪悪》《猛悪》と散々に叩かれるアニーにとって。
世界のほうこそがそう見えている事を、誰も知らなくて。
俺も知らなくて。
それが、とても悲しい。
言葉にされなきゃ気付きもしないなんて、間抜けもいいとこだ。
こんなだから俺は、『まだまだ』なんだ。
「・・・もういいよ、やめとくれ」
ぶっきらぼうに言われ、顔を上げたが。
視線は合わない。
マグカップに口を付けたアニーは、微妙に目を逸らしている。
───ヘタな事は言わないほうが、良かったか?
気まずくなった雰囲気をどうしようかと、考え始めた時。
がし、と腕を掴まれ、我に返る。
玄関まで引きずって行かれた時と同じく。
強引に腕を組まれて───痛い。
「ねえ、アニー。お願いがあるのだけど」
「何だい」
「ヴァレストは、私が貰っていいかしら?」
は??
『貰う』って、何だ??
俺を??




