433話 はまる音 02
「有難う、ヴァレスト。駆け付けてくれたのね」
こちらへ振り返り、微笑むレンダリア様。
「とにかく、俺は俺の出来る事をするだけさ」
台詞の聞こえはいいが、啖呵を切っただけで何もしていない。
実のところ、助けられたのはこっちだ。
ちょっとカッコ悪いな。
「ふうん───もしかしてまだ、アニーのこと好きなの?」
「俺にとって彼女が魅力的である事実は、ずっと変わらない」
「あら、まあ!
一瞬も躊躇わず、それを即答するなんて。
貴方は男性として、とても立派だわ」
「───それほどでもないさ」
参ったな。
からかうならまだしも、真剣な口調で言われると照れるだろ。
だが、謙遜ではなく、俺はまだまだ『それほどでもない』のだ。
こんな程度じゃ、《師匠》には全然敵わない。
辿り着けるかどうかも分からない、遥かな高みだ。
その上、人間の中にだって、俺以上の奴がいるんだぞ?
あいつとはノーベル賞の授賞式以来、顔を合わせていないが。
今頃、何処でどうしてやがるのか。
「ええと───ああ、そういえば。
さっき言ってた《鰐もどき》ってのは、どういう事だ?」
「そのままの意味よ?
『こちら側』に来てから、何度か天使達と遭遇しているけれど。
普通のと、そうでないのが居るみたいね」
「普通じゃない天使?」
「ええ。
体の構成が雑なほうは、《鰐っぽい》のよ。
まあ、どちらにしても《裏返しにして炙れば》、同じ事だし」
おいおい。
《裏返し》って───まさか本当に、《裏返し》か?
内側と外側が、逆転するという意味で?
連中が逃げ出さなかったら、それをやるつもりだったのか?
「天使なんて、気にしなくていいわ。
これからも此処へ現れるなら、自動的に私の城の《処刑場》へ転送されるから」
「───え??
それ、悪意を持った人間の場合は??」
「情けは掛けたくないけれど、流石に御招待は出来ないわね。
そっちは任せてもいいかしら?」
「ああ、勿論構わない。
ただ、天使のほうも、殺すまではしないほうがいいぞ」
「どうして?」
「あまり目を付けられても、大変だ。
あいつらだって終いには、何百、何千単位で押し寄せて来るだろ」
「皆殺しにすればいいじゃない。
何度でも」
「──────」
「それにね。
《殺すまではしない》ほうが、ずっと痛くて残酷だと思うわ」
「──────」
「さて、と。
せっかく此処まで来たのだし、アニーとお喋りしていきましょう」
「お、おう───そうだな───や、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?」
「慌てて来たもんで、ネクタイ締めてない。あと、髪が」
「そういう崩してる感じも、野性味があって素敵よ?」
「しかしだな」
「いいから。早く行きましょう、ヴァレスト」
あっという間に、横から腕を組まれ。
ずんずんと玄関口へ向かうレンダリア様。
女性にこうされたら、完全にアウトだ。
これ以上何か主張できる隙も、度胸も無い。
でも、やっぱりなぁ。
俺は、きっちりネクタイ締めとかないと、落ち着かない生き物なんだよ。
野性味だったら、最初からある筈なんだが。
おかしいな。




