425話 Nothing to say 02
コンコン、コンコン。
「陛下、お目覚めになっているのでしょう?
開けてくださいまし」
再度のノック音と、優雅で落ち着いた物言い。
「───」
”・・・”
固まってしまったように、微動だにせぬ二名。
悪魔の額からは、すでに冷や汗が流れ出している。
そこから、10秒ほどの沈黙を挟み。
《訪問者》の常識的な行動───『ボーナスタイム』は終わった。
「陛下ぁッ!!開けてくださいッ!!
ベルカーヌですッ!!ベルカーヌが参りましたよッ!!」
バンバンッ!!バンバンッ!!
「陛下ぁッ!!我が愛しの、魔王陛下ぁッ!!」
「なっ、ななな、何で彼女がっ!?」
”赤ネズミ達に焚き付けられたんだよ!そうとしか思えない!”
「『遮断壁』の破壊も、奴等が手伝ったか!」
”これ絶対、あいつらも姿を消して隠れてるよ!
開けたら最後、雪崩込んでくる!
君を《廃位》に追い込むか、誰かに譲渡させるつもりなんだ!”
「『魔王だった私が追放され、気が付けば異世界に 〜のんびり最強目指します』。
若干、文字数が少ないか───」
”こんな時に現実逃避は、やめてってば!!”
ダンダン!!ダンダン!!
「どうか、ここを開けてくださいッ!!
陛下最愛の情婦、ベルカーヌですよッ!!陛下ぁッ!!」
「何を言ってるんだ、あいつは!?
『そういう関係』を持った覚えは、一度だって無いぞ!
そもそも、自分で《情婦》とか叫ぶような女性に興味などあるものか!
おまけに男の寝所へ押し掛けるなど、言語道断!
恥を知れ!
私が漫画以外で心惹かれる女性は、メイエルだけだ!
天真爛漫な振る舞いと、魔王を魔王と思わぬ豪胆なスキンシップ!
そこに隠され、非常に見付けにくい心優しさ!
私は!
私は、彼女を愛しているのだ!!」
”前半も後半も、相手を前にして言いなよ!
どっちもすでに手遅れだけど!”
「そんな度胸は、持ち合わせていない!」
ドガッ!!ドガンッ!!
「ふんぬッ!!───ふおうッ!!」
ドガッ!!ドガンッ!!
「ちょっ───おいおい、おいっ!?」
”やっばい音になってきたぞ!
向こうで何やってるのさ、これ!?”
顔を見合わせる一名と一匹。
男が右手を持ち上げると同時。
白金で縁取られた《鏡》が、忽然と宙に出現する。
そこに映し出されたのは。
扇情的にも程がある薄物を纏った、背の高い女性。
水色の、けれどゆっくりと虹のように色彩を変え続ける長い髪。
それを揺らし───いや、振り乱して。
鬼神の如き形相で、左右の《正拳突き》を交互に打ち込む姿。
きっちりと素晴らしく、『腰溜め』だ。
呆れるくらい重厚で、破壊的で。
本気の本気だ。
「ぬああッ!!───ふぬんッ!!」
ドゴオンッ!!ドゴオンッ!!
”「ひいいっ!!」”
その様を直視出来ず、慌てて《鏡》を消してしまう男。
二名は固く身を寄せ合い、ガタガタと震え始めた。
「こっ、こんなの、一般的な女性が出していい声じゃないぞ!
私をショック死させる気か!?」
”ベルカーヌは、少しも一般的じゃないだろ!”
「それもそうか!」
”ねっ、ねえっ!もう一度確認しておきたいんだけど!
この扉、本当に大丈夫だよね!?”
「ああ、当然だ!」
”彼女の『位階』、六位だよ?”
「全く問題無い!」
”あとさ・・・ベルカーヌって確か、《堕天》だよね?
元々は天使だよね?”
「そうだな」
”『天使と悪魔の力が合わさり、扉がヤバい!』”、みたいなのは無いよね??”
「そんなおかしなファンタジー、あるものか。
漫画と現実の区別くらいは、つけたまえ」
”・・・・・・”
「いいか、キング。
私は《魔王》だ。
地獄において最強だ。
世界に生まれた一番最初の悪魔であり、《神》とも闘える唯一の存在であり。
『魔導原型核』の製作者にして、あらゆる魔法を極めし者。
そんな私が、少なくとも5000年間は引き籠もれるよう作った『最終障壁』だぞ?
万が一にも、破られることはない。
どれだけベルカーヌが暴れようと、傷一つ付けられるものか」
”信じていいんだね?信じるよ??”
「大丈夫だ。安心していいぞ。
こんなのはな、人間の作る『ホラー映画』と同じだ。
いくら怖くても、耐えていれば終わる。
ベルカーヌだって、そのうち力尽きるさ。
なぁに、どうって事はない。
『最終障壁』の耐久値は、まだ87───86%ある」
”削られてんじゃんッ!!全然駄目じゃんッ!!”
後ろ脚で人間のように立ち上がった猫が、男の頬にパンチを叩き込んだ。
「い、痛いっ!」
”これもう、壊されるのは時間の問題だ!
今すぐ、メイちゃん呼んで!!早く!!”
「嫌だ!
こんな恥ずかしい状況、彼女に知られたくない!」
”君が恥ずかしい奴なのは、今更だよ!
それに結婚しちゃってるんだから、もうメイちゃんの事は諦めなってば!”
「───離婚するかもしれない」
”最低か、お前は!?”
ついに『お前呼び』した猫の爪が、魔王の顔に一閃。
それでも、のけぞりながら出される絶叫。
「嫌だと言ったら、嫌だ!!
好感度を上げられない以上、下げるのだけは絶対に御免だ!!
こうなったら、《四家》を招集する!!
流石のベルカーヌも、引き下がるしかあるまい!!」
”君さぁ・・・どこまで馬鹿なの?
とっくの昔に《四家》は、赤ネズミと通じてるじゃん”
「え」
呆然となる魔王。
「いや───私の血を分けて生まれた───《始原の悪魔達》だぞ??」
”だから!とうに裏切ってるんだっての!”
「ずおりゃああぁ!!羅漢爆砕掌ォォォッ!!!」
ズガアアァン!!
「ど、どどどどうしたら!どうすればいいんだ、これはっ!?」
”六位のベルカーヌを、力技で止めるのは無理!
それなら、別の方向で・・・ええと・・・ええと。
・・・・・・そうだ!!《紳士》を呼ぼう!!”
恐怖に追い詰められ、掛け物にしがみつきながら叫ぶ猫。
「───は??」
”古来より、荒ぶる女性を宥めるは、《紳士》の努め!
この修羅場を穏便に切り抜けるには、《紳士》の力を借りるしかないよ!”
「《紳士》??
それはもしかして、アル───ヴァレストの事か?
あいつは降格しているし、それでなくとも『へっぽこ』じゃないか。
あんなのが、ベルカーヌをどうにかできるとは───」
”君が言えた義理じゃないだろ!
ヴァレストはまだ、修行中の身だし!
それに、ああいう『押しの強いタイプ』とは相性が悪すぎる!”
「じゃあ、意味が無いだろう」
”だから!《本物の紳士》を呼ぶんだよ!
ヴァレストの師匠を!!”
「ぶるるぅああぁ!!天魔豪滅波ァァァッ!!!」
ズドオオオォンッ!!!
”「うわあああぁ!!!」”
部屋全体が激しく揺れ、天井からパラパラと何かが降ってきて。
猫を抱き締めながら、地獄の支配者たる『最強悪魔』は泣いた。
錯乱して泣きまくった。
「も、もう無理!!駄目だああ!!
胃が痛いっ!!降伏しよう、キングっ!!」
”馬鹿言うなっ!!
地上に《召喚陣》を送るんだよ!!準備して!!
場所は、僕が教えるから!!
《陣》の出口は、ベルカーヌの背後を指定で!!”
「EXゲージ3本ッ!!───真・18インチ徹甲撃ィィィッ!!!」
”急げっ!!ポンコツ魔王っ!!”




