424話 Nothing to say 01
【Nothing to say】
「これは───何とも不思議な───」
ベッドの上、半身を起こした男が呟いた。
「『想像力』とは、かくも妙なる解釈を産み出し、形となるのか。
その結果が、これなのか」
ぱらり、と紙を捲り、次の場面へ進む。
「物語の舞台が『異世界』とはいえ───どうして《エルフ》が、こうなる?
人間達にとっての《エルフ》は、これがスタンダードなのか?
美しく。
愛らしく。
純真で。
『暴力に訴えない』。
淑やかで、無闇に『暴れない』。
《こんなエルフ》に出会って、しかも好意を持たれ。
その上で惚れるなというのは、あまりに無理な相談だろう」
やや興奮気味の鼻息と共にまた、ぱらり。
「それなのに───主人公が鈍感だ。
鈍感にも程がある。
この路線で最後まで引っ張り、けっして恋愛ルートには行かないつもりか?
いや、もしやこれは。
読者からヒロインを奪わないという、制作側の配慮なのか?」
男の横には猫が一匹、丸くなっている。
目を閉じ、顔を自分の体に埋めて、深く眠っている。
あまりに長く閉じ籠もったせいで増えた、男の独り言をものともせず。
「これは素晴らしいぞ。
なんという、新鮮なテイストだ。
Kill them ALL! でも Ride the Dragooon! でもない《エルフ》。
その一途な想いに、『恋愛力』ゼロの主人公は全く気付かないが。
これはちょっと、彼女を応援してやりたくもなるじゃないか───」
ぱらり。
ぱらり。
30文字近い題名の漫画を食い入るように読む、豪勢な『巻き角』の男。
「むむっ、まただ!
また新しい女性───案の定、主人公に惚れている!
一体どれだけモテれば気が済むんだ、羨ましい奴め。
何をやっても、必ず最終的に大成功。
凄い凄い、と周囲から持て囃されて。
『異世界』というのは、こんなにイージーモードなのか?
ああ〜〜。
そんな場所があるなら、行ってみたいものだ。
少なくともこんな主人公程度には負けぬ力があるし、きっと私なら」
そこまで呟いたところで、ふと言葉を止め。
男は本を置き、眉を顰めた。
隣で寝ていた猫も、いつの間にか身を起こしていた。
”・・・何か近付いてくるよ。相当な気配だぞ、これ”
「ああ」
”『遮断壁』は?”
「すでに1番から12番まで、全て破られているな。
どうやら侵入者は、最後の廊下に入ってきたようだ」
”なんで、最初のが破られた時点で分からなかったの?”
「───漫画に夢中で、警告に気付かなかった」
”馬鹿!スカポンタン!”
「そう怒らないでくれ、キング───痛い」
歯を剥いた猫を宥めようと手を伸ばし、ガブリ、と噛み付かれる悪魔。
「『遮断壁』というものは、だな。
礼節を弁えず壊そうとするなら、壊せるさ。
それなりに力がある者が、それなりに頑張ればな。
しかし、どう足掻いたところで破壊出来ないのが、『最終障壁』。
即ち、この部屋の扉なのだよ」
”それ、本当に信用していいんだろうね?”
「勿論だとも。
相手が誰であれ、ここの扉は絶対に破られない。
たとえ《四家》が来てこじ開けようとしたところで、無駄な」
コンコン、コンコン。
得意気な宣言の途中。
今まさに話題の扉から響く、華麗な『四点ノック音』。
「───陛下、起きていらっしゃいますでしょうか?
わたくしです───ベルカーヌです」
”「うげええッ!!??」”
扉の向こうから届いた、気品ある女性の声に反して。
二名が返したのは、腹の底から絞り出すような『恐怖』と『拒絶』だった。




