423話 脱出可能、逃走不可 09
「ちょっと待って!」
シンが大声を上げ、遮った。
「聖書には───《旧約》も《新約》も、天使に関する記述が極端に少ない!
それを補完する部分があって、しかも本物だとしたら!
これはとても貴重な、本当の大発見かもしれないんだよ!?」
「ああ。そうだろうな」
「『だろうな』って、君!!」
「でも、要らない」
吐き捨てるように言い切った僕を。
シンが驚愕と怒りを織り交ぜた表情で、睨み付ける。
それでも。
「要らない」
「だって!!───いや───それは───」
叫びの後半が、勢いを失い。
興奮していたおっさんから、急速に熱が抜けてゆくのが見てとれる。
どうやら、気付いたらしいな。
クールダウンに入るまでの時間が、予想以上に短い。
情け無いが逆の立場なら、こうはいかない自信があるぞ。
僕の『願い』は当然、特務従事者として最大の服務違反で。
しかもそれを、悪魔にやらせようという暴挙だ。
普通、相方が容認するわけがない。
組んでいたのがシンじゃなきゃ、ブン殴られるだけでは済まないだろう。
「もしかして、マーカス。
これは───『復讐』なのかい?」
「ああ。そう捉えてもらって構わない。
僕は《聖人》じゃないし、清廉な身の上とも言い難い。
欲にまみれて陰険で、とても執念深いんだよ」
「この前に聞かせてくれた、『彼』の一件だね?」
無言で頷いてみせた。
僕にだって、この古臭い巻物が『特級の掘り出し物』だとは理解できる。
失われてしまえば、二度と同じ内容が発見されないかもしれない、とも。
───けれど、消し去りたい。
───闇に葬り去ってしまいたい。
ブライトン・バルマーには、”《天使》という名前の偽者だ”と語ったが。
実のところ、あれは嘘だ。
そう思いたい、信じたいという、僕の願望だ。
まともに考えるなら。
本物と偽者、2種類の《天使》が存在するなんてのは、不自然極まる。
そんな僕らにとって都合のいい話、あるわけがない。
おそらく、《奴等》は関わったのだ。
キリスト教が、聖書が成立する際、本当にそこに居て。
姿を見せつけ、厳かに偉そうに語り。
永らく規範となるべき信仰の原型に、深く関与して。
そこまでしておきながら、放り出した。
結局は投げ捨てた。
何故そうなったかは明らかにできないだろうし、する必要も無い。
だが事実として、《奴等》は棄てた。
興味を失った。
カトリックだろうが、プロテスタントだろうが、関係無い。
教義も信仰も信徒の生き様も、連中にとってはもはや、どうでもいいんだろう。
それ自体は、どうなろうと構いやしないんだろう。
そうさ。
だから、わざわざあんな、反吐が出るような『実験』をする。
人間の心を踏みにじりやがる。
正直、ブライトンはもう『生きてはいない』、と思っている。
シンも口には出さないが、同意見に違いない。
『実験』が終われば、姿を見せた人間を生かしておくメリットが無い。
僕がまだ生きているのは、《見ていない》から。
きっと、それだけの理由なんだろう。
でもな。
───見えなくても、お前らが居る事は分かった。
───聖書の中に記されていようが、《敵》であると認識した。
お前らは。
僕の信仰における、《最大の敵》だ。
「ごめん、シンイチロー」
「いや、謝らなくていいよ、マーカス。
私は学問に携わる身として、この巻物の中に興味があるけれど。
一人のカトリック信仰者として、人間としては、君の意見を支持するよ」
「・・・」
「そうだね───消してしまおう。
私にだって、『復讐心』はあるんだよ。
少しでも《彼ら》の痕跡を削り落とし、ゆくゆくはその全てを無に帰そう。
今回の選択が、その始まりだ」
「・・・有難う、シン」
「はは!今の、カッコ良かったかい?
少しは見直した?」
「見直すも何も・・・僕はシンのことを、信頼してる」
小っ恥ずかしいから、顔をそむけて呟いた。
丁度そこにキョトンとした(?)目玉があったから、そのまま話を進めよう。
「・・・という事で、エルクレントス。
消去してくれ。
どんな人間も絶対に読めず、復元できないように」
”ホントに、いいんだな?”
「ああ」
目玉の中心から細く立ち昇り、すぐに消える白い煙。
”──────よし。
マーカスがさっき言ってた通り、切り落として燃やした。
もう《どこにも存在しない》から、解読なんて出来ない。
《物体の記憶を見る魔法》を使っても無理だ”
「そうか」
”あとさ。《狂騒熱》も外しておいたぜ。
散々眠ったから、今度は思いっ切り起きておくし。
もう誰に見られたって、気にしないことにするよ”
「せっかく起きたところ、申し訳ないんだが。
これからお前は、今とも昔とも違う別の場所へ運ばれる予定だ。
そこが具体的に何処なのか、僕には分からないけどな。
色々調べられてから最終的に、倉庫みたいな所へ保管されることになる」
”ああ、いいさ。
外の景色がどうであれ、オレが《こいつ》から出られないのに変わりは無ぇし。
のんびり朗報を待つさ”
「・・・じゃあ、お別れだ、エルクレントス。
ケースの蓋を閉めていいか?」
”オーケー。
またいつか会えるといいな、マーカス!”
「あと5、60年以内にお前が放免されたら、会えるかもな」
巻物の中にズブズブと沈んでゆく、目玉の悪魔。
その姿が完全に消えたのを確認してから、ケースを閉じる。
ファスナーをぐるりと廻し、固定ロックの爪を引っ掛けて倒す。
「・・・・・・ふう。
これでやっと、終わりだ」
「お疲れ様!
いやあ、君と組む時はいつも、奇想天外な事になるねぇ!」
「僕もそう思う。
そうなるように豚野郎が仕組んでるんじゃないか、と疑ってる」
「私達はこれまでに、ちょっと口外出来ないような『違反』をしてきたけどさ。
今回のは、とびっきりだ。
お偉いさん達が揃って気絶しちゃうね!」
とても楽しそうに笑う、シンイチロー。
僕も笑ってしまいたい気分だ。
ヤケクソでも、強がりでもない。
信じた事をやり切って、一歩前進した充実感があった。
「ヴァチカンのハゲ共がどうなろうが、知ったこっちゃない。
責任は自分に問い、自分でとるだけさ。
生きていること、人生には『目的』がある。
やっと僕は、そう思えるようになったんだ。
翼が生えてて頭に輪っかがある《誰か》に、嘲笑れても。
僕は、僕の『信仰』を捨てようとは思わない。
そして。
ゴミの山に頭を垂れて、宝だと崇めるつもりもない。
『信じる』じゃなく、『磨き続けて』死へ向かう。
そう決めたんだ」
「───マーカス」
胸の高さに、シンの右拳が突き出され。
僕も、自分のそれを打ち合わせる。
ちくしょう。
とびきり熱いな。
太陽も、この展開も。
原作が少年誌で連載中の、アニメかよ。
とにかく───これにて任務完了!
さあ、今夜は久し振りの中華だ。
みんなで腹一杯、食べようぜ!!




