422話 脱出可能、逃走不可 08
目玉の悪魔は、瞼を閉じ。
深く息を吐いてから、ゆっくりとまた開いた。
”はは───オレはもう、どうする事もできないのか。
一生、このままで───いや、いっそ死にたくなったら、戻ればいいのか”
「そうだな、と言いたいことろだが。
まあ、全くチャンスが無いわけでもないぞ」
”え?”
「『最も偉大なる御方』が、戻ってこられた時。
かなりの規模の《恩赦》が施行される筈だ。
そこに該当すれば、罪状こそ残りはするが放免、という扱いになるだろうな」
”それは───けれど1700年経つのに、まだ戻られていないのか?”
「ああ、残念ながら。
ここまで遅れるという事は、何か公表出来ない特別な事情でもあるんだろう。
それだけに、今後どれだけかかるのかは分からんぞ?」
”いや、それでもいいさ。希望があるだけマシだよ”
「時間はたっぷりあるから、しっかりと反省しとくんだな。
《恩赦》の情報が開示されたら、結果くらいは教えてやる」
”ああ。ありがとう、バルストさん”
「───とまあ。
こんな感じで良かったか、マーカス?」
咥えていたタバコを携帯灰皿に押し付け、バルストが僕に訊ねた。
「十分だよ、バルスト。
すごく助かった。急な話ですまなかったな」
「いいって、いいって。
それより、お前ら。
いつまでもこんな所で『海水浴』、ってわけじゃあないんだろ?
帰るなら送ってやろうか?」
「一度迎えを呼ばなきゃならないから、今はいいよ。
だけど、ホテルへ着いたら連絡するからさ、陳さんの店まで頼めないか?
シンに美味い中華を食べてもらいたいし。
3名分の支払いは僕が持つから、それでどうだ?」
「おっ、いいね!よしきた、任せとけ!
───じゃあまた、後でな!」
スラックスのポケットに両手を突っ込んで、ニヤリと笑い。
来た時と同じく、出現した黒い穴に入って消えてゆくバルスト。
ううむ。
悪魔同士の会話の中、幾つか興味深い部分もあったかが。
そこに深く突っ込むのは、今後もやめておこう。
これからも付き合ってゆくには、自然体が一番だ。
悪魔の世界の、なんとなくの雰囲気を知った。
今は、これだけでいい。
───さてと。
ここからは、バルストには聞かせられない話、というか。
多分、この場に居たらコメントし辛い内容だ。
「エルクレントス。
お前の『頼み』というのは、これで解決したか?」
”───ああ。
バルストさんに繋いでくれて、有難うよ”
「それで、僕の『願い』を叶えるつもりはあるか?」
”勿論さ。もう踏み倒しなんか、したくねぇよ。
何でも言ってみな、マーカス”
殆ど瞬きをしない目玉。
落ち着いているのか。
現実を受け止め観念し、達観の域に入ったか。
「・・・まず、確認したいんだが。
お前が隠れてるその巻物の内容に、《天使》に関して書かれた部分はあるか?」
”《天使》?
あるぜ、結構ある。てゆーか、1/4くらいは《それ》だぞ”
「その部分、調査した連中は見たか?
ああ、眠ってたんなら分からないかもしれないが」
”確かにそん時は寝てたけどな。でも、読んでないと思うぜ?
何せ《天使》についてのくだりは、最後らへんに固まってるんだ。
そこはボロボロで、開いたら間違いなく崩れる。
そうなってないって事は、そういう事だろ”
「成る程」
豚によると、保存した撮影データは軒並み『やられてた』らしいからな。
問題の箇所を開いていない、AIとかで解析するにもその為の元データが無い。
よし、これは好都合だぞ。
「エルクレントス」
”おう?”
「《その部分》を全部、消してくれ。バッサリと」
”えっ?いいのか、そんな事して??
オレ、良く知らねぇけどさ。
これ、一部の人間達には貴重なモンじゃないのか??”
「全然構わない。
なんならいっそ、最後の1/4自体を切り落として燃やしてくれても」




