421話 脱出可能、逃走不可 07
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少し離れた前方に、真っ黒な裂け目のような楕円が出現して。
砂浜に座り込んでいた僕は、よっこらせ、と立ち上がる。
最近のバルストの現れ方は、もっぱら『これ』だ。
一々、召喚をするまでもない。
いや、本当ならちゃんと召喚しなけりゃいけない筈なんだが。
当のバルストが『面倒だ』と言うんだから、いいんだろう。
こういうのは、サービスなのか?
長期契約者の特典、みたいな?
「悪いな、わざわざ来てもらって」
「いや。構わないぞ」
そう答えつつバルストが、じっと見ているのは。
「ああ、こっちは」
「シンイチロー・フジタです。宜しく。
ええと、バルストさんの事は聞いております」
会釈するシン。
そうか。
やっぱり、『お母様』から情報が入ってるか。
話題にするくらいだから、部下の中でもバルストの地位は高いのかもな。
「いや、こちらも話には聞いている。
バルストだ。
日頃から、俺の相棒が世話になってる」
軽く頭を下げる、バルスト。
───え?
それ、僕の事か?
──────。
なんか。
何だかな。
おかしな気分だ。
ロクでもない人生で、何度も投げ出しそうになりながら、ここまで来たけど。
『誰も信じず期待せずに』、が信条だったけど。
ああ。
こういうのは、いいな。
とても嬉しいもんだな。
普通のどこにでも居る『僕以外の人間達』と、同じになれたみたいで。
なんか凄く、いいよな。
「───それで。お前がエルクレントスか?」
”えっ?あ、あんた、もしかして”
「バルストだ」
”いや、でも”
「バルストだ」
”───あ、ハイ───”
どうやらこの目玉は、本当の名前を知ってる様子だ。
いい加減、偽名で通し続けるのも疲れるだろ、バルスト。
『真名』が分かったところで、それで何かしようとは思わないのにな。
今更なんだよ。
「俺の部下が調べた結果によると、だな。
お前の負債はもう、全て支払われている。
知り合いを保証に立てて借りた分も、お前の親が全額纏めて返済した。
滅茶苦茶キツい現場仕事に入って、240年以上かけてな」
”──────”
「そして、全額返し終えた日に。
お前との《絶縁届け》を提出し、正式に受理されている」
”───そう、か───そうだよな───”
一見、プライベートベーチのような砂浜で、黒のスーツ。
ギラつく太陽の下、命懸けのジョークみたいなバルストの出で立ちだが。
その目は今、少しも戯けていない。
これまで見た事がない、苛烈な怒りを押し殺した表情をしていた。
「馬鹿な事をしやがって。
自分さえ良けりゃ、周囲がどうなっても平気だったのか?
それを考える頭もなかったのか?」
”──────”
「男なら、どれだけ情け無かろうと、笑われようと。
自分自身に格好をつけなきゃ駄目だろうが。
お前ほど腐った奴には、そうそうお目にかかれないな。
悪意が無い分、タチが悪すぎる。
詐欺のほうが対抗策があるだけ、マシだろうよ」
”───うぅ───”
僕の《口撃》とはまた違う種類の、ドタマから突き刺さるヤツだ。
流石に目玉も、これには堪えているようだ。
「一応、訊くが。
お前はこれから、どうするつもりだ?」
”───地獄へ戻って───両親と知り合いに謝る───”
「やっと目ん玉だけじゃなく、頭も醒めたか。
しかし、残念ながらすでに手遅れだ。
余計な迷惑が掛かるから、やめておけ」
”だけど!謝るだけは謝らなきゃ、ホントに駄目だろ!
別に今更許してもらえるなんて、甘ったれちゃいないさ!”
「そういう事じゃねぇんだよ、馬鹿」
”え??”
「昔の知り合い連中は、ともかく。
親はもしかしたら、情にほだされてお前を許すかもしれんが。
問題は、そこじゃないぞ」
キン、と澄んだ音色と共に、タバコの先が赤く燃えて。
それを深々と吸い、吐き出してからバルストは続ける。
「お前───何か、忘れちゃいないか」
”??何を??”
「『点貸し屋』から借りたのを完済しても、まだあるよな?
1738年分。
《税金みたいなやつ》が」
”え───ええッ!?それは!!
いや、でもッ!!───これだけ長い間、『消えて』たんだぞ!?
オレ、法律上は死んだことになってんじゃないのか!?”
「なってても、生きて戻ってくりゃ請求されるに決まってんだろ」
”それは───その”
「まあ確かに。一度はお前、死亡扱いになったぞ」
”『一度は』?”
「そして、その後でまた解除された。
これが何を意味しているか、分かるか?
つまりな。
お前が何処で何に隠れてるのか。
《お役所様》には、とっくにバレてるんだよ」
”そんな!!
それだったら何で、ここへ来てオレを引っ張り出さないんだ!?”
「お前に返済能力が無い、って事が確定してるからだろ。
もう誰も貸してくれやしないし、肩代わり出来るような額でもない。
無期限の強制労働をさせるにしたって、維持費ってモンがかかる。
泳がせておいて、戦争でも始まったら最前線で突っ込ませる予定かもな。
そういうのがある、ってのは知ってるよな?」
”───あ、ああ”
「要は、『出られるもんなら出てみろ!』って事なんだよ。
そして、本当に出てきてしまったら」
”───しまったら?”
「向こうからすりゃ、一番安く上がるのは《即日死刑》だな」
”──────”
「お前の両親がお前を許しても、許さなくても。
息子の処刑ニュースを、笑って見ていられると思うか?
それが、『余計な迷惑が掛かる』って事なんだよ」
・・・うっわ。
思っていた以上に、えげつない話だ。
悪魔の世界は、こっちで言うところの『独裁国家』なのか?
税金滞納で命まで取られるとか、まさに《地獄》だな!




