420話 脱出可能、逃走不可 06
”ま、待て待て!
ちょっと待てよ、おい!?”
激しくぱちぱちをやりながら、目玉が叫んだ。
「いいから寝てろよ、お前は」
”いやいや!
オレ、《狂騒熱》を解除するよ!”
「そんな事してくれなくたっていい」
”外したほうがいいんじゃないか?
ええ?そうだろ?
やっぱり、誰かが読んでも平気なようにするべきだろ?”
「どうしてもそうしたきゃ、勝手にやってくれ」
何となく、こいつが言い出しそうな事が分かった。
分かってしまったから、急いでケースを閉じてファスナーを───
ああ??
閉まらないぞ?
何で───くそっ、この野郎!!
巨大化した目玉で、蓋を押し上げてやがるっ!!
「おい!!お前、何やってんだよ!?」
”お願いだから、オレの頼みを聞いてくれ!
この通り!!この通りだからッ!!”
何が『この通り』なのか、分からないっての!
膨らんでデカくなるのが土下座だ、とでも言いたいのかよ!
駄目だ、マジでどうやっても蓋が閉じられない!
ええい、こうなったら!!
「マーカス、マーカス。
踏むのは駄目だよ、流石に」
「くそあああああッ!!
海にブン投げるぞ、このッ!!」
「ちょっと、マーカス!!」
いいや、投げるねッ!
力の限り投げ飛ばすねッ!
”させるかあッ!!”
「!!??」
ずるり。
投擲体勢に入った僕の腕に、ケースの隙間から伸びた『何か』が巻き付いた。
うええッ!!
袖の中にも入ってきたッ!!
ベタベタして気持ち悪い!!
生暖かい!!
『触手』!?
何だこれ、目玉の一部なのか!?
「は、はなせえええぇぇ!!」
”絶対に、いやだあああぁぁ!!”
「───うーん。若いって、いいねぇ」
場違いにノンビリした口調で、シンが言った。
何だそれ!?
僕は若いけど、コイツは『1700年物』の悪魔だぞ!?
おっさんどころの話じゃないぞ!?
「微笑ましい交流は、そのくらいにしておこうよ。
じゃないと両方、切り落としちゃうよ?」
「!?」
”!?”
───触手が素早く引っ込められ、僕も硬直。
「あはは!嘘だよ、嘘!
私にそんな『力』なんて、無いってば」
笑いながらそういう冗談はやめてくれ。
ちょっと今の、怖かったぞ。
「それでさ。エルクレントスさんは何を頼みたいんだい?」
”───ああ、ええと、その。
オレの家族とか知り合いは、どうしてるのかな、って。
かなり時間が経ったみたいだしさ。
今の状況みたいなのを把握したい、というか。
調べてくれないかなぁ、なんて”
次第に弱まる声プラス、瞬きの回数の増加。
何てあつかましい悪魔だ。
ジャパニーズ『厚顔無恥』ってやつか。
「ああ??『調べてほしい』って、どう調べろと?
人間にそんな無茶な事、頼むなよ」
”いや、マーカスは普通の人間じゃないだろ?
なんか、悪魔から幾つか借りてるみたいだし”
「・・・・・・」
”そんなお前を見込んで、だ。
オレと《契約》しようぜ。
《契約》だから勿論、何かお前のほうの願いも叶えてやるし。
それとは別で、《狂騒熱》も解除するから!
───な?
どうだよ、この取引?”
「・・・『状況』とやらを調べるとして。
具体的にどうすればいいんだ?」
”ああ。まず、《地獄》へ行ってだな”
「ふざけんな!!」
お断りだよ!
そりゃ、死んだら《地獄行き》な僕だけどな!
遠回しに『今すぐ死ね』って言ってんのか、コイツは!?
Fuxkin' Eye Ball!!
「うーーん。《地獄》はともかくとしてね、調べること自体は」
「ちょっと待った」
反射的に、シンの言葉を遮った。
多分、今『できなくもない』って言おうとしただろ?
そりゃあ、シンが《お母様》に聞けば可能だよ。
でもな。
クライマンじゃないが、何でも聞く、教えてもらう、は止めたほうがいい。
シンだっていい年齢なんだから、いつまでも母親に頼るのは問題だし。
僕からすれば、これから先の事だってある。
いざとなればシンがいる、全て解決出来る、みたいな思考に傾くのは良くない。
・・・それに、変な表現だけど。
このおっさんには、綺麗なままのおっさんでいてほしい、というか。
《お母様》以外の悪魔と、あまり関わってもらいたくない、というか。
たとえ任務上、完全には避けられないにしてもさ。
必要最低限でいいんだ。
僕よりはマシな地獄に、落ちてもらいたいんだよ。
「なあ、シン。
目玉との交渉は、僕に一任してくれないか」
「え?───それは、まあいいけれど」
”おい、目玉って言うな!”
「最初は『名前で呼ぶな』って言ってただろ!
それで、お前の頼みに関してだが。
僕は地獄に潜入するつもりは、まったく無い。
だが、調べる方法はある、かもしれない」
”おおっ!
そんじゃ早速、《契約》を!”
「いや。お前と正式な《契約》はしないぞ」
”え??”
「本当に調べられるかどうかが、未確定だ。
それ故に、単なる《口約束》に留めておきたい。
お前が僕の『願い』を叶えるかどうかは、結果が出てからだ。
上手くいったとしても《口約束》だから、しらばっくれるのも自由。
『なんたらダンス』の解除だって、好きにしていい。
この条件でなら、やってみるが。
どうだ?」
”───それ、お前のほうに不利すぎじゃねぇ?”
「有利、不利はどうでもいい。
そもそも、僕のほうの『願い』は少々特殊だ。
場合によっては、願う必要が無いかもしれない」
”ふうん。
よく分からねぇけど、それでいいや!
一丁頼むぜ、マーカス!”
「だから、可能かどうかは未確定だと言っただろ。
・・・ちょっと待ってろよ?」
”あいよ!”
ダンテの神曲じゃあるまいし、地獄への旅は死んでからで遅くない。
こういう時に僕が取り得る手段は。
何だかすでに『相方』みたいになってしまった、アイツだ。
バルストだ。
精神接続での会話も、随分と慣れた。
慣れすぎた。
妹や両親に電話するほうが、よっぽど尻込みするよ。
《・・・バルスト。聞こえるか?》
《───おう、愉快な相棒!
どうした、またいつもの『危機的状況』ってヤツか?》
《いや。今回は、少しもピンチじゃないな》
《はあ?》
《正直、まったく困っていないんだが。
もしも時間的な都合とかが良ければ、力を貸してくれないか》
《・・・何だ、そりゃ?》
《ああ、よっぽど暇じゃない限り、断ってもらっても構わないぞ。
僕は全然、平気だ。問題無いからな》
《こっちは『問題ありまくり』だ。
そこまで言われたら逆に、気になってしょうがないだろ!
おい、マーカス。詳しく話せよ。
いったい何が、どうしたって??》




