419話 脱出可能、逃走不可 05
「───ちょっといいかな、エルクレントスさん」
ここまでは腕組みしながら静観していたシンが、口を挟んだ。
”名前を呼ぶなっての───何だよ?”
「君が巻物に隠れたのって、いつ頃の話だい?」
”『いつ』?
その『いつ』ってのは、どういう具合に計算すりゃいいんだ?”
「うーーん。
ドイツ語がほんの少し分かる、という事は───ゲルマン語は『あった』。
けれど、英語は『なかった』。
”ドイツ語の方言として英語が派生した”、って学説が正しいとすれば。
隠れたのは少なくとも5世紀よりも前、かなぁ」
”何を言ってるか、よく分からねぇけどさ。
オレはどのくらい寝てたんだ?”
「最低でも約1700年、だろうね」
”おー!もうそんなに経つのか!
だったらいい加減、『点貸し屋』も諦めてるか!?”
ぱちぱち、と一層激しく瞬く目玉野郎。
お前のモーションパターンは、基本的にそれしかないのか?
今のは『喜んでいる』、でいいんだよな?
「それとね、その『点貸し屋』の話なんだけども」
顎に手を当て、シンが続ける。
「人間の世界でもさ、貸す側って簡単に『貸し倒れ』しないんだよね。
君が借りる際に、保証人───いや、『保証者』を立てろと言われなかった?」
”んあーー。そんな事もあったな”
「最初に借りた時の『保証者』は誰だい?」
”そりゃあ、両親だよ。常識的に”
「じゃあ、経営が苦しくなってから借りた分の『保証者』は?」
”友達とか、知り合いだよ。なし崩し的に”
「だったらさ。
エルクレントスさんが逃げた後は、そこに取り立てが行って。
『保証者達』が代わりに返済することになったんじゃない?」
”───え───?”
「多分、そうなるよね?」
”ええと───ええ───。
おいコラ、マーカス、だっけ?
何だよその───悪魔を憐れむような目付きは?
言いたい事があんなら、ハッキリ言えよ”
「・・・黙れ、クズ野郎」
”えっ!?”
「道端で割れて腐った玉子が放つ悪臭のように、忌々しい奴め。
石鹸箱の裏のヌメリの如く、不快で救いようのない汚物め」
”おい!!こ、このッ!!”
「存在自体が赦し難い、この世から消え去るしか道は無いゴミ悪魔のくせして。
おまけに性質の悪い《呪いみたいなの》で、人間様に迷惑まで」
”いやいやいや!
そこまで言えとは!
大体、アレは───《狂騒熱》なんて、大したことないだろ?
ちょっとした『風邪』みたいなもんじゃねぇか。
どうせ2、3週間もすりゃ、後腐れ無くシャキッと治るし”
ははははは!!
馬鹿めッ!!
かかったなッ!!
マーカス・ウィルトン、25歳!
クソッタレな特務に身を沈め、今年で5年目!
僕の『スキル』は、こういう事態を想定して割り振ってあるんだよ!
《罵詈雑言》LV11
《恨み晴らさでおくものか》LV9
《全力で逃げる》LV7
《失言を誘う》LV6
ちなみに、《Evil Face》はパッシブスキルだ!
サングラスを使用しない限り、オフに出来ないぞ!
「・・・へええ。成る程、成る程。
そうかーー。
放っておいても、治るのかーー」
”───え?”
「よし。
これで任務終了だ、もうお前に用は無い。
起こしてすまなかったな、エルクレントス。
また好きなだけ眠ってくれ」
”───は?”
「まあ、おそらく寝付きは良くないだろうな。
色々な事を考え始め、不安になるかもしれない。
だが、『それ』は。
1700年もの間、全く思い付かなかった『些細な事』さ。
綺麗さっぱり忘れて、永久に眠ってりゃいいと思うぞ?」
”──────”
「それじゃあな、エルクレントス。
シン、無線で『回収班』を呼んでくれ。
これくらいの危険度なら、持ち帰っても大丈夫だろ。
厳重に保管するなり、強引に人海戦術で解読するなり、好きにやればいい。
あとは上の判断に任せよう」
「それもそうだね。
『注意書き』さえ付けておけば、問題は無いかな」
頷いて、防水バッグから無線機を取り出すシン。
くっくっくっ!
『おっさん一号』の同意さえ得られたら、こっちのもの。
これ以上、こんな腐れ悪魔に付き合うことはない。
アディオス・アミーゴ、だ!




