416話 脱出可能、逃走不可 02
「派手に撃ちまくってるみたいだな」
爆竹のような乾いた銃声が、頭上から聞こえてくるが。
勿論、僕達を狙ったものではない。
そうでなきゃ、こんなノンビリ喋ってなんかいられない。
「秘匿部隊が突入したね。
衛星かドローンかで、こちらの脱出を確認したんでしょ」
シンが背負っていた防水バッグからタオルを取り出し、その一枚を僕に放る。
とりあえずは、ボタボタと海水が滴る頭と顔を拭いて。
あとはそのままで構わないだろう。
ここは赤道直下、インドネシア。
3月なんて、乾季直前の『夏』。
濡れた服も勝手に乾く、茹だるような暑さだ。
「まあ、これで任務の半分は終了かな。
あとはマーカスの出番だよ」
「・・・こんなのばかり回してきやがって、豚野郎め」
「誰の事かは分かるけども、そう言いなさんな。
最近は、ちょっと痩せたみたいだし」
「そうか?
少しもそんなふうには見なかったけどな」
「管理職には管理職の、ストレスがあるんだろうねぇ。
───はい、これ」
「ん」
渡された、お馴染みのヤツ。
ヴァチカン謹製の黒いハードケース。
見た目はワークショップとかで売ってるポリウレタンのと、大差無いが。
こいつが絡む時、本当に碌なことがないんだよ。
今回だってさ。
指定されたブツの回収が終わっても『迎え』が来ないのは、そういう事だ。
このままの状態で持ち帰ると、ちょっとばかり『よろしくない』からだ。
「・・・なあ、シン。
これ、海に飛び込んだ衝撃で、中身が破損したんじゃないか?」
「うーーん、どうだろう?開けてみたら?」
「バラバラに砕けて、《呪い》も無くなってるかも」
「だから、開けて確かめてみれば?」
「・・・開けたくないんだよな」
「そうはいかないでしょ、仕事なんだし」
ああ、仕事さ。
仕事って本当に、嫌だよな。
この世は嫌なモノばっかで、満ち溢れてるよな!
───指令書の記載プラス、豚から聞いた話だが。
───事の始まりは、遺跡だ。
トルコ南部で調査中の、かなり古い修道院跡。
出土した割れ壺から、一巻きの牛皮が発見された。
発掘チームの学者先生が調べたところ、そこに書かれている文字はヘブライ語。
内容はどうやら、聖書に関するものではないか、と。
それも、西暦100年未満の。
さあ、大発見だ。
すわ、”《死海文書》の再来か!”と『関係者各位』が一斉に色めき立ち。
その所有権を確保する為、我等がヴァチカンも名乗りを上げた。
立地的に、トルコは死海から近い。
聖書の原典、もしくはその草稿が残っていたとしても、おかしな話ではない。
現在《死海文書》は全て、イスラエルの所有下に収まっている。
残りは市場から好事家に渡ったものを含め、偽造品と判定された。
カッコつけて飾っていた博物館など、大恥をさらすことになった。
ヴァチカンはその一件で後手に回ったことを、かなり根に持っている。
それでなくとも、《聖書の原典》という物に対して上層部はナーバスだ。
復元された内容によっては、現在の教義が否定されかねない。
速やかに保管して鍵を掛け、後はダンマリを決め込むのが一番の得策。
だから、”何としても今回は、こちらの物に!”、と意気込んだらしい。
そして、どういう密約が交わされ、幾らの金が動いたかは知らないが。
とにかくウチの『ハゲ爺ぃ達』が最終的に、発掘品の権利を勝ち取った。
ところが、だ。
ゴタついてる隙を突き、輸送の算段を付ける前に強奪しやがった奴らがいた。
それが───『エンブリアス・ブライト』。
キリスト教系の、極左集団である。
暴力とは無縁である筈のキリスト教も、実態は様々で。
カトリックすら特務だ秘匿だとあるのだから、他も同じこと。
ただ、それを公然と認めているかどうかの違いに過ぎない。
そもそも。
何の分野においても、極端な《右寄り》《左寄り》は暴力に行き着く。
《極右》は、気に入らない者を袋叩きにし。
《極左》は、こんな社会は間違っている、とテロに走る。
特に後者の場合、無関係な人々を巻き込む事にも躊躇しない。
彼等にとっては中立や傍観さえ、等しく『罪』にカテゴライズされるからだ。
当然『エンブリアス・ブライト』は、《一種指定》の危険団体であり。
その中でも、屈指の難敵として悪名高い。
何せ、秘匿部隊との交戦回数が3度もある。
つまり、これまでに実力行使で根絶やしにできなかった連中、ということ。
カルト教団どころじゃない、超過激派の武装集団なのだ。
そんな激ヤバな奴らの本拠地へ僕らが突っ込まされたのには、理由がある。
秘匿部隊は今度こそ、『エンブリアス・ブライト』を完全壊滅させる気だ。
不退転の覚悟で臨む、全力戦闘だ。
それが予定通りにゆくなら、連中は最後あたり、間違いなくヤケクソになる。
そして、嫌がらせの意味も込めて、強奪したブツを焼くだろう。
そうなる前に、『特務』のほうで奪い返して来い、と。
まあ、それだけならシンイチロー1人で済む話だ。
僕は全く必要ない。
むしろ、ただのお荷物なんだが。
面倒な事に、実は『ブツ自体』にも問題が確認されてるわけで。
トルコの現地に赴いていたヴァチカンの調査団が、ぶっ倒れたらしい。
巻き皮の解析を試みた全員ことごとく、原因不明の発熱と狂乱状態で入院。
その上、記録した筈の撮影データが全部、エラーで読めないんだとさ。
豚は笑顔で、”ここぞとばかりに活躍してきたまえ”、と僕をくっ付けたが。
こちとら、専門は《召喚》だぞ?
ファラオの呪いみたいなのに、打つ手はないんだぞ?
いや、普通に恐いだろ!
《呪い》とかって!




